室内楽ホールdeオペラ〜林美智子の『ドン・ジョヴァンニ』!

実はモーツァルトを一番愉しく、美しく味わえる方法

 発想が大胆なら、実現してしまうのはもっと大胆だが、これは存外、的を射ている。《ドン・ジョヴァンニ》のダイジェストなのだが、なんとアリアは全部カットし、重唱だけで構成されるのだ。日本を代表するメゾソプラノのひとりとして活躍してきた林美智子のアイディアである。

 オペラの魅力の一面はアリアにあるけれど、登場人物がアリアを通して心情を語っている間、ドラマは進まない。ドラマは、特にモーツァルトのオペラでは、重唱を通して大きく進展するのだ。しかも、モーツァルトの重唱は名だたる作曲家が束になっても敵わない珠玉のアンサンブル。正味3時間の長めのオペラを、初心者も存分に楽しめるようにまとめるなら、重唱だけというのは最良の手かもしれない。いや、オペラ史上最高峰の重唱の数々を立て続けに味わうよろこびに、むしろ練達の聴き手こそが酔いそうだ。

 酔えるアンサンブルには手練れの歌い手が欠かせないが、心配はいらない。ドン・ジョヴァンニに黒田博、ドンナ・アンナに澤畑恵美、ドン・オッターヴィオに望月哲也、ドンナ・エルヴィーラに林美智子…と、その役を歌い慣れた豪華な顔ぶれが並ぶ。作品を知り尽くした河原忠之のピアノもうれしい。

 室内楽に適した響きの美しい第一生命ホールのステージには、椅子6脚だけが並べられ、曲と曲の間は、林のセンスが光るセリフ(日本語)で結ばれる。思っていた以上の魅力を知らされ、《ドン・ジョヴァンニ》がまた聴きたくなる。そんな時間になるはずだ。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2022年1月号より)

2022.3/19(土)、3/21(月・祝)各日14:00 第一生命ホール
問:トリトンアーツ・チケットデスク03-3532-5702 
https://www.triton-arts.net