奇跡的で深遠な美学
前回2012年12月の来日公演ですばらしい音楽世界を見せてくれた巨匠、アルド・チッコリーニ。ステージに登場するときこそ杖を使っていたが、演奏が始まれば実に細やかなコントロールで指先から豊かな音を紡ぎ出し、音楽家というのは奇跡的な存在だと思わずにいられなかった。
今回のプログラムは、ブラームスの「4つのバラード」op.10、グリーグのピアノ・ソナタop.7から始まる。両作曲家20代前半の頃に書かれた、若い情熱をたたえた作品だ。今、88歳を迎えたチッコリーニがこの作品を弾くことで、いかなる感情が表現されるのだろうか。続いてのボロディンの小組曲は、チッコリーニが若き日に録音をしている作品。これもまた、彼が現在の境地からどのように奏でるのか興味深い。最後に、20世紀前半のフィレンツェに生まれ、後半生はファシズムに抗してアメリカに渡った作曲家、カステルヌオーヴォ=テデスコの「ピエディグロッタ1924 ナポリ狂詩曲」を演奏する。チッコリーニが生まれる前年に書かれた作品だ。イタリアに生まれ、人生の半ばでフランス国籍を取得し、音楽における世界市民として国境を越えて活躍するチッコリーニの原点を垣間見ることのできる曲目ともとれなくはない。長きにわたり培われた、深遠な表現のための“技巧”が存分に発揮される作品群。歳を重ねて演奏活動を続ける芸術家としての美学とセンスが感じられる。
研ぎ澄まされた美音、繊細なニュアンスの移ろい、その表現の隅々までをしっかりと聴き取りたい。
文:高坂はる香
(ぶらあぼ2014年6月号から)
★6月18日(水)・東京芸術劇場コンサートホール
問:藍インターナショナル03-6228-3732
http://www.ai-international.co.jp
他公演
6月15日(日)・豊田市コンサートホール 問:0565-35-8200
6月21日(土)・川西市みつなかホール 問:072-740-1117 Lコード:53721
下野竜也(指揮)大阪フィルハーモニー交響楽団との共演
曲/サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番
6月26日(木)、6月27日(金)・大阪/フェスティバルホール
問:大阪フィル・チケットセンター06-6656-4890