文:伊藤制子
神奈川県民ホール小ホールでは、「C×C(シー・バイ・シー) 作曲家が作曲家を訪ねる旅」と題した新シリーズが始動する。11月6日には山本裕之×武満徹、2022年1月8日には川上統×サン=サーンスというユニークな作曲家を取り合わせて、コンサートが開催される予定だ。二人の作曲家は、奇しくも神奈川県にゆかりがある。この企画についての記者懇談会では、同ホール芸術参与の沼野雄司を司会に、二人の作曲家が委嘱新作の概要や各作曲家と自身の創作との関係など、自在に語り合った。
「武満作品との組み合わせはハードルの高さを感じた」(山本)
「サン=サーンスは自分には遠い存在」(川上)
沼野:お二人は中堅作曲家として活躍されていますが、現代音楽という狭い文脈の中だけではなく、外に向かうベクトルを持たれていると思います。まず今回の武満徹、サン=サーンスという作曲家と自作、新作を組み合わせて演奏会を企画してほしいという依頼についてはどう思われました?
山本:武満作品との組み合わせはハードルが高いものでした。武満さんはハーモニーにこだわる方なので、私とはずいぶん距離がありました。いきなりクロスする機会が来てしまったという感じですね。武満作品の選定にあたっては、若い頃の作品を中心にしました。中期以降は演奏機会も多いですし、武満トーンが顕著ですので、そこに至るプロセスとしての作品である「サクリファイス」「雨の呪文」などを選びました。
自作については、二つの路線から成っています。まず輪郭主義と称しているもので、微分音程がぶつかって音がゆがむことにフォーカスする作品から2曲選択しました。もうひとつは舞曲群で、新作は「横浜舞曲」です。あるパターンが反復しながら、定着し、またくつがえされるような一種の架空の舞曲シリーズになります。武満と自作がどうリンクするかですが、「横浜舞曲」では、「雨の呪文」でのハープの特殊調弦をそのまま採用しており、武満との共通点を探れるかもしれません。
川上:サン=サーンスは、自分には遠い存在だからこそ、おもしろい面もあるのではないでしょうか。「動物の謝肉祭」は以前編曲を手がけたことがあり、今回改めて聴き直しました。自分が主題にする植物や動物の表現は、むしろ生態模写に近いかと思いますが、そのものを描写しているわけではないので、サン=サーンスのような皮肉や擬人化も面白いのではないかと感じます。当時ヨーロッパでは、万博などの影響でシダのような植物が流行し、温室やガラスのケースに入れて愛でていたようで、そこからひらめいたのが、様々な生物や植物を主題にした新作の組曲「ビオタの箱庭」です。「動物の謝肉祭」に呼応するような構成にしました。登場するのは、サスライアリ、シダ、真似が得意なコトドリなど、そして有名な「白鳥」に対応するのは、まだ暫定ですが、黒いワタリガラスです。
沼野:さきほど、お二人のベクトルが外に向かっていると感じるとお話しましたが、どんな人たちに向けて曲を書いているのでしょうか。
山本:私はアカデミズムの中にいますが、自分がいる土壌を批判しつつ、どういう風に自分の音楽を書けるかが大事だと感じます。社会との接点というと、自分の音楽はそうしたメッセージはほとんどないですね。ただ曖昧さの追求というのが自分のテーマでもあり、社会の曖昧さを間接的に反映している面はあるかもしれません。
川上:自分の音楽はポップだといわれることがよくありますが、現代音楽の場にいるほうが、自由で思いっきりできるかなと思います。
若い演奏家たちにも注目
それぞれ活躍する二人だが、「お互いの作品の印象は?」と問われると、「川上さんの作品のポップな感じは、川上さん以降の世代に共通するかもしれませんが、川上さんは音色のいかし方が鋭いですね」(山本)。「山本さんのピアノ曲をはじめて聞いたとき、すごくかっこいいと思いました。音像が明瞭に聞こえてくるのが魅力ですね」(川上)。
また、今回の参加演奏家について、武満徹、サン=サーンスとの距離感は何か変わったのかという質問については。
山本:演奏家は若く優秀な方々が中心です。有馬純寿さん、中村和枝さんは少し世代が上ですが、「輪郭主義II」の録音で参加してくださった方々です。今回の企画を通じて、武満と改めて向き合い、自分との違いがより明確になりました」
川上:演奏家の半分くらいは初顔合わせの方もおられますが、よい化学反応が起こるのではないかと思います。阪田知樹さんは、先日の私の「オトヒメエビ」の世界初演でのピアノがとても素晴らしく、今回ご一緒できるのが楽しみです。サン=サーンスは輪郭がはっきりした音楽なので、今回の委嘱を通じて、その影響も少しずつ受けるようになりました。
武満と山本。サン=サーンスと川上。この意外性に富んだ組み合わせがどんな斬新な世界を生み出すのか。ぜひとも会場でご確認を!
「私の4曲と武満の4作はバラエティに富んでいますので、おもしろいコンサートになると期待しています」(山本)。「今回のメンバーによる『動物の謝肉祭』はかなり個性的な演奏になるかと思います。また新作は一曲一曲が短いので、短期集中で楽しんでいただければ嬉しいです。ぜひ聴いてください」(川上)と意気込む二人。これは聴きのがせない。
【 Information】
C×C(シー・バイ・シー)作曲家が作曲家を訪ねる旅
◆「山本裕之×武満徹(没後25年)」
監修:山本裕之
2021.11/6(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
〈曲目〉
山本裕之:紐育舞曲、輪郭主義II、輪郭主義IV、横浜舞曲(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
武満徹:雨の呪文、スタンザII、サクリファイス、カトレーンII
〈出演〉
石上真由子(ヴァイオリン)、山澤 慧(チェロ)、丁 仁愛(フルート)、岩瀬龍太(クラリネット)、佐藤秀徳(フリューゲルホルン)、高野麗音(ハープ)、大場章裕(打楽器)、土橋庸人(リュート&ギター)、中村和枝(ピアノ)、大瀧拓哉(ピアノ)、有馬純寿(エレクトロニクス)
◆「川上 統×サン=サーンス(没後100年)」
監修:川上 統
2022.1/8(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
〈曲目〉
サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」
川上統:組曲「ピオタの箱庭」(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
〈出演〉
阪田知樹(ピアノ)、中野翔太(ピアノ)、尾池亜美(ヴァイオリン)、戸原 直(ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、荒井 結(チェロ)、内山和重(コントラバス)、多久潤一朗(フルート)、芳賀史徳(クラリネット)、西久保友広(打楽器)、藤井里佳(打楽器)
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■第2弾:石上真由子(ヴァイオリン) INTERVIEW
C×C シー・バイ・シー 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.1 公演直前インタビュー
問:チケットかながわ 0570-015-415
https://www.kanagawa-arts.or.jp
https://www.kanagawa-kenminhall.com/cby2021/