妖精ありタイムワープありの幻想オペラ、20年ぶりに再演
英国にウェールズあり、フランスにブルターニュあり。そして日本が誇るのは、北海道と沖縄である。その国の一般的なイメージとは言葉も風景もかなり違うが、こうした「独自性を育む地域」あってこそ、国の文化もより華やかになる。北の海で取れた昆布が南の島々で珍重されるように。
・・・と書いてみて、オペラ《キジムナー時を翔ける》の作曲者、故・中村透の経歴を見直したところ、結構な驚きを覚えた。1946年北海道生まれ、2019年沖縄県にて逝去。琉球大学の教壇に立ちながら作曲を続けたのだという。彼はまさしく、2千キロ以上も離れた地域を結ぶ、文化の架け橋を体現した芸術家。そして、「はるばるやってきた人」ならではの冷静な視点も、持ち続けていたに違いない。
この2月に再演となる《キジムナー時を翔ける》は、中村の追悼公演でもあるとのこと。まずは「キジムナー」の一語が気になるが、これはガジュマルなど沖縄の巨木に宿る妖精なのだとか。物語は、現代のある村がリゾート開発の動きに揺れる中、少年フミオと土地開発会社に勤める青年マサキが、カルカリナと名乗るキジムナーに連れられて、17世紀の琉球王国や22世紀の沖縄にタイムスリップし、昔も未来も自然が破壊されるという状況を見届けたうえで、現代にカムバック。村人たちの「本物の想い」を解き放つべく、祭りの輪に加わるというストーリーである。
本作でまず面白いのは、「妖精だから性別無し」というわけで、カルカリナのパートは女声でも男声でも良いとされたこと。男女が同じ役を演じる例は、《ヘンゼルとグレーテル》の魔女など「演奏慣習上」では幾つかあるが、楽譜の指定というのは他に例を見ない。今回はそのカルカリナ役で、沖縄出身のソプラノ砂川涼子と秋田生れのテノール中鉢聡が競演。公演ごとにどんな仕上がりになるのか、興味津々である。
なお、様々な時代の沖縄を描くオペラなので、お馴染みの琉球民謡もふんだんに出てくるが、その一方で、中村の音運びには、ストラヴィンスキー的な新古典主義のスッキリした響きが多く、弦の豊かなハーモニーや木管のまろやかな音色、ハープの雄弁な爪弾きに加えて、歌詞も非常に聴きとり易い。さらには、セリフもあちこちに混じるので、筋立ても理解しやすいだろう。指揮は日本語オペラに定評あるマエストロ星出豊。そして、これまた沖縄出身の粟國淳が新演出を担当する。オペラを通じて、人間本来の「自然を求める心」に思いを馳せてみて欲しい。
文:岸 純信(オペラ研究家)
2021.2/20(土)、2/21(日)各日14:00 新宿文化センター
指揮:星出 豊
演出:粟國 淳
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:日本オペラ協会合唱団
出演
カルカリナ:砂川涼子(2/20) 中鉢 聡(2/21)
オバア:森山京子(2/20) 松原広美(2/21)
ミキ:長島由佳(2/20) 西本真子(2/21)
フミオ:芝野遥香(2/20) 中桐かなえ(2/21)
マサキ:海道弘昭(2/20) 所谷直生(2/21)
本多:押川浩士(2/20) 田村洋貴(2/21)
区長:泉 良平(2/20) 田中大揮(2/21)
マチー:金城理沙子(2/20) 知念利津子(2/21)
ジラー:照屋篤紀(2/20) 琉子健太郎(2/21)
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp