彌勒忠史(演出)

ひとつの空間で呼応し合う能の名作と20世紀オペラ

 誘拐された我が子を追って、母が独り、東国の川岸に辿り着く…英国の作曲家ブリテンが、能『隅田川』の物語に突き動かされて、「西洋音楽で再創造」したオペラ《カーリュー・リヴァー》。この秋、能とオペラが連続上演されるとのこと。オペラを演出する彌勒忠史が、和と洋が結び合う世界を深く掘り下げる。
「横須賀芸術劇場で、長年、蝋燭能を上演されている観世喜正さんと、小ホールのヨコスカ・ベイサイド・ポケットでオペラのシリーズを続ける私とで、何か記念のステージが持てればと考えました。観世先生とは、数年前に飛行機で隣り合わせになったことがありまして、そこでお話しした内容が実を結んだことを本当に嬉しく思っています。前半の『隅田川』は観世先生の演出ですが、ご自身が主演されるのも大きな観どころですね。コロナ禍がまだまだ心配ですが、今回の公演では、席数の半分以下の750席を定員とする予定です」

 カウンターテナーの名手として、ブリテンのオペラにも出演を重ねる彌勒。歌手兼演出家の立場から見る《カーリュー・リヴァー》とは?
「何より、音楽がシンプルで聴きやすいんですよ! 指揮とオルガンを担当する鈴木優人さんをはじめ、器楽奏者は7名のみでして、歌手も子どもの霊の声以外は全員男性という特殊な形態ですが、まずは、ブリテンが能の表現法からどのようにインスピレーションを得たかをぜひ聴き取っていただきたいですね。行方不明の子どもを探し続ける母親─オペラでは狂女 Madwomanという役名です─の胸中も、国境を越えて受け入れられるものでしょう。ブリテンはこの役をテノールのために書きましたが、鈴木准さんの柔らかい声音なら音楽の力を十分に引き出してくれるはずです。また、渡し守役の与那城敬さんの『大砲のような迫力ある』響きと、旅人役の坂下忠弘さんの優しく寄り添うような歌いぶりは、バリトン二人の対照的な個性として皆さまに届くと思いますし、修道院長役の加藤宏隆さんもいま大活躍の若手のバスバリトンです。キャストは強力ですよ!」

 なお、公演の前半は、先述の通り『隅田川』を上演。後半が《カーリュー・リヴァー》の上演となり、能舞台をオペラでもそのまま使うという。
「観世先生のお声がけで、地謡の皆さんが、《カーリュー・リヴァー》の開演前にお囃子を演奏してくださるそうです。その声が響きわたるなか、演奏者たちが入場し、グレゴリオ聖歌のコーラスでオペラが始まります。謡が『音による静寂の境地』を引き出して、オペラへと繋いでくれるわけですね。ぜひご期待下さい!」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2020年9月号より)

能『隅田川』× ブリテン オペラ《カーリュー・リヴァー》連続上演“幻”
2020.10/18(日)14:00 よこすか芸術劇場
問:横須賀芸術劇場046-823-9999 
https://www.yokosuka-arts.or.jp