ホフマンは特異なキャラクターの持ち主ですが、 共感するところがあって、大好きな役です
爽やかな笑顔の中に、アーティストの強い探究心も覗かせるアルトゥーロ・チャコン=クルス。メキシコ生まれの新星テノールが、《ホフマン物語》主演の意気込みを大いに語る。
「29歳で初挑戦して以来、この詩人役はもう7年歌ってきました。今回の新国立劇場で8つ目のプロダクションになりますが、ご存知のように、本作にはバージョンが幾つもあり、それらを混ぜた『折衷型』の上演も多いのです。ですので、これまでの8つのステージでも細部は全部違いました。マンネリな表現に陥らず、新しいホフマン像を作り上げるべく毎回努力しますが、その上に楽譜も毎回違ってくるから本当に大変なオペラです。ホフマンはクレイジーな男。でも、アリア〈クラインザックの歌〉の中間部のように、失くした恋に突然思いを馳せて美しいアリオーゾを歌い上げるあたりはさすがに詩人です。歌にもテクニックが要求されますが、音楽の難しさにとらわれすぎて、演技者の本能が薄れてしまうことだけはないようにと思っています」
今回のフィリップ・アルロー演出では、どの点に特に共感できそうですか?
「舞台もカラフルで愉しそうですが、終わり方がとてもオペラティックですね。登場人物全員の合唱で幕になりますが、その壮大な歌声に包まれて、詩人の魂が不死鳥の如くまた蘇ると予感させるところが素晴らしい。このバージョンだと、僕は歌いながら目頭を熱くしてしまうのです。たとえ惨めな日々を過ごしたとしても、再び情熱を得たならば人間は蘇り、新たに歩み始めるという理念が感じ取れるからです。『何かを信ずる心』をお持ちの方なら、この幕切れに大いに共感して下さるのではないでしょうか」
恋に溺れ、酒に浸るホフマンとは違うものの、チャコン=クルス自身もある意味「波乱万丈の人生」を送ってきたという。
「ごく若い頃メキシコの大衆歌謡の楽団で歌っていましたが、巡業先で三回も追いはぎに遭い、銃を突きつけられて『これでもう終りか』と思った瞬間がありました(笑)。赤十字で奉仕の経験もあって・・・自分でも濃密な人生を送ってきたと思います。いろんな苦労をしました。でも、今思えばそれらの経験が、いろんな役柄を舞台で演じる際にどれも活きてくるのです。だから、無駄な経験は一度もなかったと思いますよ。今は愛する妻と2歳の息子に囲まれて、忙しくも穏やかな暮らしを送っています!」
チャコン=クルスは、かの大テノール、ドミンゴに認められて世に出た歌い手。バリトンとして歌っていた駆け出しの頃、この大先輩の助言でテノールに転向。今や世界中で引っ張りだこの新進スターである。
「声とは荒馬のようなもの。乗りこなすのが大変です。今でも、ちょっと気を抜くとバリトン的な重い発声に戻りたがる『我が喉』が居て、毎日それと闘いながら、明るい響きを出そうと操縦し続けています。来年はベッリーニの《清教徒》にも挑戦します。でも、これからの数週間は新国立劇場の《ホフマン物語》に全力投球です!皆様に歌声を聴いて頂ければ幸いです」
取材・文:岸純信(オペラ研究家)
撮影:M.Terashi(TokyoMDE)
2013/2014シーズン
Jacqus Offenbach : Les Contes d’Hoffmann
ジャック・オッフェンバック《ホフマン物語》全5幕
【フランス語上演/字幕付】
2013年11月28日(木)18:30 12月1日(日)14:00 12月4日(水)18:30
12月7日(土)14:00 12月10日(火)14:00
オペラ劇場
予定上演時間:約3時間30分(休憩含む)
指揮:フレデリック・シャスラン
演出・美術・照明:フィリップ・アルロー
衣裳:アンドレア・ウーマン
振付:上田 遙
【配役】
ホフマン:アルトゥーロ・チャコン=クルス
ニクラウス/ミューズ:アンジェラ・ブラウアー
オランピア:幸田浩子
アントニア:浜田理恵
ジュリエッタ:横山恵子
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット:マーク・S・ドス
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ:高橋 淳
ルーテル/クレスペル:大澤 建
ヘルマン:塩入功司
ナタナエル:渡辺文智
スパランツァーニ:柴山昌宣
シュレーミル:青山 貴
アントニアの母の声/ステッラ:山下牧子
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■チケット
S 21,000円 A 15,750円 B 10,500円 C 6,300円 D 3,150円 Z 1,500円
新国立劇場ボックスオフィス
03-5352-9999
ローソンチケット Lコード:32004