日本の自然や文化に育まれた木下牧子の世界観を歌う
デビュー以来、第一線で活躍してきたソプラノの豊田喜代美。2013年には、B.シュタウト作曲のバロック・オペラ《勇敢な婦人ー細川ガラシャー(Mulier fortis)》(1698年初演)の日本での世界蘇演を実現させ話題をさらった。この11月に「秋の瞳―木下牧子の世界」という洒脱なテーマのリサイタルを行う。以前から邦人作品にも力を入れてきたが、木下との出会いは20年以上も前にさかのぼるという。
「1996年に木下さんからの依頼で『木下牧子浪漫歌曲集』を録音しました。彼女の作品は日本の自然や文化に育まれた人の情感が表れていると思いますし、複雑で繊細な和音の響きや潤いも魅力ですね」
今回は「秋の瞳」「六つの浪漫」「抒情小曲集」などの木下の代表作に加え、新作も交えた意欲的なプログラムになっている。
「新作『暁の星』は連作歌曲で、原作は夏目漱石の『夢十夜』です。内容は、『こんな夢を見た』で始まり、美しい女が自らの長い髪を枕に敷いて寝ながら、『私は死にます。百年待っていてください。きっと逢いにきますから』と言って死にます。男は待って…待って…『女にだまされたのではないか』と思いつつも待った後に、終に、男の骨にしみるように匂い立つ白百合が現れ、男は白百合の露に口づけし、そのとき暁の星に気づいて『もう百年たっていたのか…』と思う、というものです。現在、木下さんのピアノで新作のこれまで完成したところを歌い、何ヵ所か表現の方向を決める作業をしているところで、改めてその繊細さを感じることができました。このように作曲家と共にその作品を一緒に聴けることは大変に幸せなことだと思います」
日本語で歌う際には、とりわけ母音の表現に留意しているという。
「イタリア語やドイツ語とは異なり、日本の言葉には母音の付き方に特徴がありますので、それを活かした色彩豊かな母音の響き、“言霊”の宿る響きを目指していきたいです」
ピアノは、初共演となる気鋭の田中悠一郎。
「田中氏とのピアノ合わせは毎回大変充実しています。私は田中氏から多くの示唆を受けており、歌曲演奏において声楽家とピアニストが一体であることを実感しています」
日本歌曲は日本人として生涯歌っていきたいという豊田。
「自らの体験を声楽を通して若い世代と分かちあうことには深い充足感があります。歌唱技術の向上に、今後もさらに努めていきたいです!」
リサイタルでは、木下牧子のリリカルな世界が、豊田の磨き抜かれた歌唱で楽しめることになろう。
取材・文:伊藤制子
(ぶらあぼ2018年11月号より)
豊田喜代美ソプラノリサイタル
2018.11/18(日)14:00 サントリーホール ブルーローズ(小)
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/