エンリコ・オノフリ(バロック・ヴァイオリン)

魂に直接届けられる薬…のような音楽

 現代感覚あふれるスタイリッシュな演奏で、古楽ムーブメントに新鮮な衝撃をもたらしたバロック・ヴァイオリンの鬼才エンリコ・オノフリ。今秋も来日を果たし、「メランコリー」を主テーマに据え、ヴィヴァルディやヴェラチーニやパンドルフィ・メアッリなどイタリア作品を中心に、多彩なバロックの佳品を披露する。古代ギリシャの哲学に倣い「音楽は、魂に直接届けられる薬のようなものでなくてはならない」というオノフリ、深い精神性に満たされたステージが期待できそうだ。
「古代、人間の気持ちは、体を循環する4つの液体(四体液説…血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁)のバランスでもたらされると広く一般に考えられていました。我々の祖先は音楽がそのバランスを整え、心に平安をもたらすと考えていたのです。この考えは、バロック時代の作曲理論の根幹を成し、とりわけ、相対する逆位の音楽のモードこそが、心をあるべきバランスへと整えるとも考えられていました。今回焦点を当てる『メランコリー』も、単純な悲しみを指すものではなく、もっとずっと複雑な心が相互に関連した情感(心)を意味し、音楽はそれらの情感に紐付いて定義されるのです」
 来日ツアーは、20年来の盟友のリッカルド・ドーニ(チェンバロ)、愛弟子である杉田せつ子(バロック・ヴァイオリン)らが共演。ヴィヴァルディの「ソナタ ニ短調 RV12」やヴェラチーニの「ソナタ・アカデミーケ op.2」などを軸に、フォンターナなど初期イタリア・バロック作品から、ヘンデルやモーツァルトまで、ステージごとに、多彩な作品が組み合わされてゆく。
 特に「哀しみと情熱のはざまで」と題した東京公演では、公演に先駆け発売されるJ. S. バッハの無伴奏CDから、「パルティータ第2番」の有名な「シャコンヌ」が披露される。
「この曲はバッハの最初の妻の墓碑銘として作曲され、死に目にすら立ち会えなかった虚無感や深い喪失感が、全曲を支配しています。そして、非常に哀しいコラールのテーマに基づく一方、本来は“チャッコーナ”という艶やかな舞曲でもあるわけです。この鮮やかなコントラストが、今回のテーマと完全に一致します」
 近年は指揮者として、個性的な演奏が注目を浴びている。
「私の目標は、大編成の楽団でも、室内楽のように演奏することです。それは、たとえオペラを指揮する時でさえもです。そして指揮者は、全ての奏者が息をひとつにして通じ合う活力を与えられる人間でなくてはなりません。そして、モダン楽器の楽団で古典派以前の作品を演奏する場合、特に右手による歴史的な様式をふまえた高度な弓遣いの成否こそが、最も重要なカギとなります」
 また「古典やバロックの作品に繋がりのある、全ての作品に興味がある」というオノフリ。昨年は、ストラヴィンスキーを指揮したそうだ。
 「私は自身のことをヴァイオリニストとは、考えておりません」とも話す。「私の魂は全ての楽器を愛し、それを演奏したいと感じています。歌声を含む全ての楽器の音色を自分のヴァイオリンにおいて表現したいと探求するわけです」
 そんな鬼才にとって、音楽とはどんな存在なのだろうか? 「主にスピリチュアルなやり取りと言えます」と深淵な答えが返ってきた。
取材・文:寺西 肇
(ぶらあぼ 2016年10月号から)

10/29(土)18:00 静岡音楽館AOI(054-251-2200)
10/30(日)15:00 兵庫県立芸術文化センター(小)(0798-68-0255)
11/1(火)19:00 東京文化会館(小)(日音03-5562-3875/チパンゴ・コンソート080-3087-1805)
11/3(木・祝)14:00 京都府立府民ホール アルティ(075-441-1414)
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