N響×東響コンマス対談 長原幸太&小川 ニキティングレブ【後編】
コンサートマスターは「100人乗りトラック」の運転手!?

左:NHK交響楽団 第1コンサートマスター 長原幸太
右:東京交響楽団 第1コンサートマスター 小川 ニキティングレブ

「7つの封印の書」の本番を目前に控えた長原幸太さんと小川 ニキティングレブさんの対談、後編はぐっと自由な展開に。そもそもコンサートマスターとは、100人近い奏者をどのようにまとめ、指揮者とどう向き合う仕事なのか?25年以上前の2人の出会いから、N響と東響それぞれの個性、楽員とのコミュニケーション、さらには指揮者との“際どい”話まで。同じポジションを長く務める2人だからこそ飛び出した、笑いあり本音ありのコンマストークをお届けします。

取材・文:高坂はる香 写真:荒川 潤

—お二人が初めて会ったのはいつですか?

長原 私がまだ17、8歳の頃だから、25年以上前、ソリストとしてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で共演したときです。「ロシアの方の前でチャイコフスキーを弾くんだ」と緊張した記憶があります。とてもオーラがあるし、なにより大きいですし(笑)。

ニキティングレブ 私、長原さんのチャイコフスキーがどんな演奏だったか覚えていますよ。これだけたくさんソリストと共演していると、正直覚えていない演奏もありますが、長原さんは音のボリュームもすばらしく、印象が強かったのです。そういう方がコンサートマスターをされるようになるとは予想していなかったけれど、実際、コンサートマスターには大きな音やパワーが必要ですからね。トラックの運転手みたいなもので。

—100人乗りトラックの運転のような?

ニキティングレブ そうそう!

長原 そのうえメンバーにもそれぞれにやりたい音楽がありますからね。考え方はいろいろでも同じ方に向かっているなら良いですが、難しいのは、反対に行きたい人がいるとき(笑)。そういう奏者も同じ方向を目指して一つの音楽を作るのは、難しいけれど魅力的な仕事です。その意味で、N響はもともとみんなの目指すところが近いから苦労は少ないですね。

—同じ方を向いてもらうためのテクニックはあるのですか? 言葉で伝えることもあるのでしょうか。

長原 言葉はあまり使わないかな。ニキティングレブさんも、大きな背中から発するオーラでみんなとコミュニケーションをとっているのでは?

ニキティングレブ そうですね。あと私の先生たちはみんな、一番良くないのは動きすぎることだと言っていました。そういうコミュニケーションのとり方をするとホワイトノイズが生じ、音が汚くなります。メンバーを信じていれば、自然とみんなが卓球のようにどんな球にもすぐ反応して打ち返してくれるようになります。厳しいやり方をすると緊張して音が汚くなりますから、みんながリラックスしてきれいな音を出せる状態が理想です。

—それぞれのオーケストラの特徴をご紹介ください。

長原 ものすごくストイックな人の集まりなので、全員が怖いぐらい事前準備をして、一字一句間違いなく仕上げてきます。練習初日からほぼ出来上がっているので、リハーサルと本番でその土台の上に味付けをしていくことになります。

ニキティングレブ 東響は多分日本で一番忙しいオーケストラだと思います。年間150公演以上、プログラムの種類も、コンサートマスターは少なめなので月に5種類、メンバーは月に10種類くらい演奏することもあります。そんなスケジュールでも、時間を見つけてしっかり準備をしてくる人ばかりです。

長原 12月には第九をかなりの回数演奏されていますよね?

ニキティングレブ はい、しかも連日指揮者が違うこともあるから、その日の公演はどのボウイングだったか混乱しそうなこともあります(笑)。

長原 いろいろな場面にフレキシブルに対応するオーケストラですよね。それと、昔から音がきれいな印象があります。マッスルな感じではなく、クリーンなサウンドというか。12歳で初めて共演した子どもの頃からすごくお世話になりました。

ニキティングレブ 私はかつて、ほとんどがN響メンバーというオーケストラとモーツァルトの《フィガロの結婚》を演奏したことがありますが、さすがすばらしい奏者ばかりでした。テレビやコンサートでN響の演奏を聴くたびに、さすが力があるなと感じます。

—自分たちのサウンドの特徴をつくるのはどんな要素だと思いますか?

長原 N響はやはりドイツ音楽を中心レパートリーとしてきた歴史だと思いますね。どんなゲスト指揮者が来ても、長い時間をかけて積み上げたサウンド、地面が揺れるような音の根本は変わりません。オーケストラの色が強いので、そういう意味でゲスト指揮者は試されるようなところがあるかもしれません。

ニキティングレブ 東響は、その時の音楽監督の影響が大きいですね。私は秋山和慶先生時代に始まり、スダーン、ノット、そして今度のヴィオッティと4人の音楽監督とご一緒していますが、例えば秋山先生時代はアメリカ・スタイルだったのに対して、先代のノットはウィーン・スタイルで、全く違いました。新しい音楽監督は自分の音を求めるもの。ヴィオッティになってこれからまた別の音を探していくことになるので、コンサートマスターとしてはがんばりどころです!

—指揮者の求める音楽を把握することも重要な役割だと思いますが、それはどのように実現するのですか? 対話が必要なときもあるのでしょうか?

ニキティングレブ グルックとモーツァルトの「音楽は言葉に従うべき」か「言葉は音楽に従うべき」かの議論みたいですが! 私の意見では、指揮者が言葉に頼って伝えようとしてくると、とても難しくなりますね。

長原 あと、言葉と身振りがリンクしていないときも少し困ります。伝えたいことの本質がどこにあるのかを感じとらないといけません。オーケストラも100人近くいれば、言葉を受け取る人、動きから感じ取る人の両方が出てきますから、タイミングを見計らって意思を確認する必要があります。

—ちなみに指揮者とオーケストラのコミュニケーションがどうしてもうまくいかないと感じる場合はどうされるのですか!?

 ニキティングレブ 私は経験が長いから、プランAとプランBを用意して対応しますよ! プランAはとにかく手を見て音を出す。プランBは……企業秘密です!(笑)

長原 気になる!(笑)

N響100年特別企画|フランツ・シュミット《オラトリオ「7つの封印の書」》
2026年9月定期公演Aプログラム(第2069回)
2026.9/12(土)18:00、9/13(日)14:00 NHKホール

出演
指揮:ファビオ・ルイージ
ヨハネ(テノール):ミヒャエル・ラウレンツ
神の声(バス):ダーヴィト・シュテフェンス
ソプラノ:迫田美帆
メゾ・ソプラノ:藤井麻美
テノール:伊藤達人
バス:加藤宏隆
オルガン:新山恵理
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平

問:N響ガイド 0570-02-9502
https://www.nhkso.or.jp

《東京交響楽団創立80周年記念》シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
第745回 定期演奏会

2026.9/19(土)18:00 サントリーホール予定枚数終了
問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp

ミューザ川崎シンフォニーホール×東京交響楽団×ロレンツォ・ヴィオッティ
フランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」

2026.9/21(月・祝)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200

https://www.kawasaki-sym-hall.jp/7siegeln/

出演
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
テノール(ヨハネ):マキシミリアン・シュミット
バス(神の声):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:クリスティーナ・ランツハマー
メゾソプラノ:カトリオーナ・モリソン
テノール:パトリック・グラール
バスバリトン:クレシミル・ストラジャナッツ
オルガン:大木麻理
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平