
4月に東京で開催されたドミトロ・ウドヴィチェンコの無伴奏リサイタルを聴いて、只者ではないオーラを感じた。ウクライナ生まれの26歳で、2024年のエリザベート王妃国際音楽コンクールの覇者。目下、ドイツのクロンベルク・アカデミーで名手クリスティアン・テツラフのもとで研鑽を積む。生徒をあまり取らないテツラフに師事できるということは、かなり嘱望されている証といえよう。
日本ではすでにリサイタルを何度も行っているが、7月にはミューザ川崎で東京交響楽団と協奏曲デビューを果たす。演奏するのはコルンゴルトの甘美かつ輝かしいヴァイオリン協奏曲。現在、笹川音楽財団が貸与中のストラディヴァリウス「ハギンス」から、つややかで深みのある音を引き出すことだろう。
「コルンゴルトの協奏曲を演奏するのは初めてですが、曲には子どもの頃から親しんでいました。父がよく家でハイフェッツのレコーディングを聴かせてくれたのです。本当に美しくてロマンティックなストーリーで、喜びやさまざまな感情に満ちていますが、必ずしもヴァイオリン奏法的な観点から書かれていなくて、弾きにくい部分もあります。ノスタルジックで懐古的だと批判する人もいますが、コルンゴルトはこの曲を第二次世界大戦中に作曲しており、恐ろしい現実から目を背けるための仮面であったのだろうとは容易に想像できます。今の私たちも、30分間現実から逃避する時間が必要ですから」
ウドヴィチェンコが、ロシアの攻撃が続くウクライナ東部のハルキウ出身であることを考えると、より言葉の重みを感じる。彼自身は戦争前からドイツに留学していたので、直接戦禍を被っていないが、故郷に暮らす両親(ふたりともヴィオラ奏者)とは会えていない。
「母はハルキウで唯一活動を続けている歌劇場のオーケストラで弾き、父は音楽院で教えていますが、新しい生徒がほとんどいない状態です。活発だった音楽生活が崩壊してしまっているのが悲しいです」
そんな彼に、今後音楽家としてどういった将来を思い描いているのか、聞いた。
「とくに理想の音楽家人生というのはないですね。あるがままを受け入れることだと思っています。これまでたくさん辛い経験をしてきましたが、もし人生をやり直したいかと聞かれても、そうは思いません。夢とは常に追いかけるものであって、叶ったら夢ではなくなりますから」
話すときは淡々とクールだが、いったんヴァイオリンを持つと、内に秘めている感情がマグマのように噴出する。このパワフルな表現をぜひ生の舞台でたしかめてほしい。
取材・文:後藤菜穂子
(ぶらあぼ2026年6月号より)
ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第219回
2026.7/11(土)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:ミューザ川崎シンフォニーホール 044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp
