
右:北村 陽
ハーゲン・クァルテットは1982年のポーツマス国際弦楽四重奏コンクール(現ウィグモアホール国際弦楽四重奏コンクール)、そして翌年にはエヴィアン国際弦楽四重奏コンクール(現ボルドー国際弦楽四重奏コンクール)で優勝し、「神童兄妹たちによる奇跡のアンサンブル」として一躍脚光を浴びた。第2ヴァイオリンの入れ替わりはあったが、それから約半世紀の間、世界にその名を轟かせてきた。そんな彼らは、クラウディオ・アバドの「優秀なオーケストラは優れた室内楽団を内包しているべき」という信念のもと、2003年のルツェルン祝祭管弦楽団創設にあたり、メンバーとして指名された。
まだまだ絶好調の彼らは2025年に引退を表明し、前述のルツェルンで3月28日、スイスでの最終公演を行った。この時の至極の音楽が、今でも耳の中で煌めいている。彼らの最終公演は故郷のザルツブルクで6月16日、オールシューベルトプログラムで行われると発表されていたため、その後に訪日すると知った時は驚いた。
ドイツ・グラモフォンからリリースされたハーゲン・クァルテットのシューベルトの録音は歴史的名盤と言われるなど、彼らにとって特別な作曲家であるシューベルトを中心に、日本でのラストツアーのプログラムも構成されている。特に「弦楽五重奏曲」は昨夏のザルツブルクでも、スイス最終公演でもハーゲン親子がチェロで組むのを堪能できたが、今回の日本ツアーでは北村陽も共演する機会を得ているのは注目に値する。
北村は世界的コンクールを制覇している若手だが、その確かな技術や栄光に溺れず、常に新しいものを吸収するエネルギーに満ち、チェロを通したコミュニケーション力に長けている。昨年のジョルジェ・エネスク音楽祭では、前年のエネスク国際コンクール・チェロ部門優勝者としてマンフレート・ホーネック指揮マーラー・ユーゲント・オーケストラとルーマニア・ユース・オーケストラのジョイントオーケストラをバックに、エネスク「協奏交響曲」を演奏したのを聴いた。自然体で楽しそうにチェロを操り、同世代の団員たちと、若いエネルギーに溢れる音楽を創り出した北村を、ブカレストの聴衆は、「我らがエネスク国際コンクール覇者はやはり凄い!」と誇らしげに拍手を送っていたのが印象的だった。そんな北村がハーゲン・クァルテット最後のツアーで、あのクレメンス・ハーゲンの隣で弾けること、そして世界最高峰のクァルテットの音に溶け込めることは、北村自身にとっても、そしてそれを聴ける日本の聴衆にとっても宝物となるだろう。
現在も各地でのさよならコンサートが続くハーゲン・クァルテットに、日本でキャリアを締め括るのはどのような心境かと聞いたところ、「とても強い絆を感じている日本で自分たちの最後のコンサートを催せることを、とても楽しみにしている」と答えてくれた。ルツェルン音楽祭祝祭管弦楽団をアバドや現音楽監督のリッカルド・シャイーと共に発展させた思い出の地より、そして彼らの故郷より、日本を最終公演地に選んでくれたのは光栄な事だ。日本の聴衆やホールの素晴らしさは、多くの外国人音楽家たちが様々なエピソードを交え、口を揃えて語っているため、もはや海外では共通認識となっているが、今回もハーゲン・クァルテットの有終の美を飾るのに相応しい空間を作り出す重要な要素となってくれるのだろう。
文:中 東生(チューリヒ在住)
(ぶらあぼ2026年6月号より)
ハーゲン・クァルテット with 北村 陽(チェロ)
2026.7/5(日)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp
他公演
7/3(金) 大阪/住友生命いずみホール(06-6944-1188)
7/4(土) 横浜/フィリアホール(完売)
7/6(月)、7/7(火) TOPPANホール(完売)
