圧倒的な再演回数を誇る21世紀オペラの傑作が7月、サントリーホールで20年ぶりに上演!
日本を代表するコンサートホール、サントリーホールが今年、開館40周年を迎える。記念事業にはアニバーサリーにふさわしい充実の公演が綺羅星のごとく並ぶが、その中でも存在感を放つのが、世界的作曲家 タン・ドゥンによるホール・オペラ®《TEA ~茶は魂の鏡~》だ。2002年、サントリーホールによって委嘱・世界初演された本作。同ホールでの上演は、2006年の再演以来、実に20年ぶりとなる。指揮者としても名高いタン・ドゥン自らタクトをとり、演出は中国を代表する映画監督・舞台演出家のシャーウッド・フーが務める。7月の上演に先立ち、2月某日、都内で作曲家と演出家を囲んでの記者懇談会が行われた。

背後のフライヤーに記された「茶」の字は彼の自筆だという。
唐の時代を舞台に、茶の聖典「茶経」をめぐる悲恋を描いた《TEA》。タン・ドゥンの語法であるオーガニック・ミュージック――水や紙、陶器などを音の素材とする――が紡ぎあげるドラマは、洋の東西を超えて聴き手の胸を打ち、ヨーロッパやアメリカ、中国で上演を重ねてきた。
タン・ドゥン「作曲当時、この作品がこれほどまでに世界中で演奏されるとは想像もしていませんでした。この作品の上演が繰り返される中で、私は自分自身に問うようになったのです。『自分にとって茶とは何なのか?』……その答えは“Religion(宗教)”でした。
2年前、ニューヨークのタイムズスクエアを歩いていたある夜、ロシアとウクライナ、二人の兵士が茶を囲む映像を見ました。クリスマスの時期に、その時だけは停戦を誓って共に茶を飲みながら語らっているのです。茶というのは、友情や平和のことを話し合うにあたって最も良い手段ではないか。そう考えるようになりました。
日本の茶室では、狭い入り口(にじり口)を頭を下げてくぐることで、すべての人が平等になりますよね。私のいう“Religion”というのは、キリスト教やイスラム教、仏教など個々の宗教のことではなく、互いを愛し、愛されることについて考えるための哲学です。非常に複雑な世の中になっている今日ですが、茶にはそうした生命の源に立ち戻るための答えがあるのではないかと思います」
「ホール・オペラ」は、サントリーホールならではの空間と音響を最大限に活かすことを旨とする。久々の里帰りにあたり、肝となる新演出を手掛けることになったシャーウッド・フーは、タン・ドゥンが初めて作曲したオペラにもかかわるなど深い関係にあるディレクターだ。《TEA》の演出も、2023年の上海公演以来たびたび担当している。
シャーウッド・フー「3年ほど前、タン・ドゥンさんとともにギリシャのアポロン神殿を訪れました。天にきわめて近いこの神殿の上方には円形の劇場がありますが、そこには何千人もの人々が集うことができるのです。その巨大さに圧倒されるとともに、劇場というものは“宗教”なのだと実感しました。
今回の演出にあたって、タン・ドゥンさんとも改めて話し合ったのですが、サントリーホールを環の形で、ギリシャの劇場のように使いたいと考えています。ステージ全体をスクリーンのように使って、劇場を360度活用する儀式にするのです。そして指揮者、つまりタン・ドゥンさんにはそれを取り仕切る、シャーマンになってもらいます。……もちろん、衣裳も着てもらいますよ(笑)」

人間存在にまつわる根源的・普遍的なテーマを浮き彫りにする《TEA》。一方で、初演から流れた20年あまりという月日は、一人のひとが変わりゆくには十分な時間だ。
タン・ドゥン「クラシック音楽とは面白いものです。オーケストラそのものは昔から変わりませんが、それにかかわる人間――指揮者や演奏者、作曲家――は自然から影響を受けます。結果として、同じ作品でも全然違った響きに聞こえるのですね。《TEA》を作曲していたころ、リサーチで日本を訪れたのですが、当時私は指揮者として『自身の手の動きでどうやって伝えたいことを表現するか』という課題に直面していました。そんな中、奈良の国立博物館だったでしょうか、仏像を鑑賞していたところ、その手のジェスチャー(印相、手の形に応じて様々な意味を含む)にまつわる話を聞いて非常に感銘を受けたのです。この経験は大きな転換点となり、それから二十余年を経て私の指揮は全く違うものになりました。《TEA》のサウンドも、きっと新しいものになっていることでしょう」
人間だけでなく、それを取り巻く社会や文化もまた、目まぐるしく変化していく。
タン・ドゥン「現在、ニューヨークのバード音楽院の院長を務めていますが、今日の若い作曲家の皆さんとは育ち方も違えばコミュニケーションの取り方も全く異なると感じています。私は若いころ幸運にも、今年没後30年を迎えた武満徹さんと出会う機会がありましたが、当時はスマホなどはもちろんなく、パソコンやファックスが出てきたばかりだったわけです。一方で、若い方々はオンラインで生きていて、世の中をイマーシブなものとしてとらえている。ですので、“伝統”や“インターナショナル”という言葉の概念も全く違います。彼らは世界は一つなのだと思っているのですから。
私個人としては、ニュートラルな国際性というものは想像したことがありません。モーツァルト、ビートルズ、武満さん、そして私自身。それぞれの曲を聴くとその人自ら話したり歌っているように感じられます。音楽は人間そのものであり、そこには必ず個性や地域性というものが残っていると思うのです。……世界観の異なる人間同士の溝というのはどうしても生まれてしまうものですが、お茶をすることはそれを埋めるための興味深い媒体になると考えます。人は変わるし、文化も変わっていく。でも茶はいつも、茶なのです」

本作のラストは、題名にも採られている「茶は魂の鏡なり」という言葉で締めくくられる。およそ四半世紀の時を超え、今回の上演ではなにを映し出してくれるだろうか。
取材・文・撮影:編集部
サントリーホール開館40周年記念
ホール・オペラ® タン・ドゥン:『TEA ~茶は魂の鏡~』
(全3幕・日本語&英語字幕付)
2026.7/3(金)19:00、7/4(土)17:00 サントリーホール
〇出演&クリエイティブ
指揮:タン・ドゥン
演出:シャーウッド・フー
聖嚮(日本の高僧):ジェンジョン・ジョウ(バリトン)
蘭(唐の皇女):ルーシー・フィッツ・ギボン(ソプラノ)
唐の皇子:石井基幾(テノール)
唐の皇帝:アポロ・ウォン(バス)
陸(陸羽の娘):イン・デン(メゾソプラノ)
僧侶たち:新国立劇場合唱団
3人の打楽器奏者:チェンチュー・ロン、稲野珠緒、神田佳子
東京フィルハーモニー交響楽団
3/7(土)チケット発売
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017 suntoryhall.pia.jp

