INTERVIEW 池辺晋一郎 × 酒井健治――日本の現代音楽を牽引する「四人組」、新たな第一歩に向けて

左:池辺晋一郎 右:酒井健治

 クラシック音楽界がほぼ「第9」一色になる12月、ぴりっと刺激的な室内楽コンサートが開かれる。今年で第31回となる「四人組とその仲間たち」だ。メンバーの筆頭である作曲家の池辺晋一郎はこんなに長く続くとは思わなかったという。才能ある若手作曲家たちを積極的にプロモーションしようと、出版社がメンバーに声をかけてまとめた珍しいグループだ。当時の全音出版部の故・田中明(のちに社長)の発案で、ロシア五人組やフランス六人組をもじって命名。演奏された曲目を必ず全音が出版する。出版されるので再演も多く、田中の目ざした作曲家と出版者の望ましい信頼関係が生まれた。
 池辺のほか、新実徳英、西村朗、藤家溪子というメンバーで始まり、第7回から藤家に代わり金子仁美が参加。そこに毎回、「仲間」を加えて演奏会を構成する。西村朗の逝去をうけて、今回から酒井健治が加わった。

酒井「2017年に仲間の一人として出させていただいて、ギター独奏のための『エーテル幻想』を鈴木大介さんに演奏していただいたのですが、僕も本当に緊張しましたし、大介さんも舞台の上を歩いていくとき、ちょっとずっこけたんですよ。先生である福田進一さんが客席のど真ん中にいて、いや、それは緊張するなと(笑)。
おそらく四人組の中で、何かあうんの呼吸といいますか、いろんなレベルでハッと合わさる瞬間があるからこそ、これだけ長く続いているのではないかと思うんです。そういった感覚を皆さんと共有できるかといったところで、僕自ら試されるっていうか、うまく言えないんですけれども」

池辺「同じコンセプトで話し合って作曲しているわけじゃないのに、どこかで共通の何か、奥底で通じるものがある。特に僕は西村くんには若い頃からずっと感じてましたね。どこかで惹きあうものがあって、多分、彼もそうだったんじゃないかと想像したいんだけれども。そういうものがあるから続けてきたのだと思う。新実くんもそうです」

2017年の「四人組とその仲間たち」で初演された「エーテル幻想」

信頼を寄せるプレイヤーが作品に生命を吹き込む

 池辺はこのシリーズで同じ楽器による二重奏を発表してきた。今年(12月12日開催)はユーフォニアム二人による「バイヴァランスXIX」が世界初演となる。

池辺「ユーフォニアムにはこんなことできるのか? というほどめちゃくちゃ動くんですよ。僕が指定したテンポでやるとたいへんだけど、なんとか挑戦してほしいと思ってるんだけどね。ユーフォニアムって非常に運動性もあるし、音域も広い。それまでの金管楽器ができなかった面を強調したくて、そうしたらすごい難しい曲になった。
でも、演奏家の一人、外囿祥一郎さんは名手ですから、難しい、難しいって言ってるらしいけど、やっちゃうんじゃないかと思ってる。外囿さんに書くのは4曲目なんですよ。技量はよく知ってますから、『むずかしいって、どこが?』という顔して、ケロッと演奏しちゃうんじゃないかと思って。それが楽しみ」

 酒井はピアノ・ソナタ第1番「クィンタ・エッセンチア」を世界初演する。

酒井「ピアノ・ソナタというタイトルは今回が初めてです。急・緩・急という古典的な楽章構成を踏襲しているんです。でありながら、中身は違う。違うことを表現するために、あえて外側を生かしたということです。その中身は中世ヨーロッパの錬金術で信じられていた『クィンタ・エッセンチア』という概念、つまり『エーテル』なんです。実際にはありえないエーテルという物質を存在するかのように表現できるのって、芸術、音楽だから。そういったことをやりたいんですよね」

 今回のピアニスト、大倉卓也は酒井が現在教授を務める京都市立芸大に着任したときの最初の教え子だという。現在30歳ぐらいの若手で、作曲家の視点からみて理にかなった味わい深い演奏をするという。

酒井健治 ©Maxime Lenik

 古典の枠を踏襲しながら、そこからにじみ出るものを表現しようとする酒井は、交響曲や弦楽四重奏曲も書いている。一方、池辺はすでに11曲の交響曲を初演してきた。

池辺「交響曲は僕にとっては形式じゃない。オーケストラ曲っていうのはいろんな条件付きの委嘱が多い。例えば、市制百周年とかね。条件なしで、ただ、オーケストラ曲を書いてくれという依頼であれば、そのチャンスに交響曲を書く。つまり、自分の意思で自由に発想できる場合のオーケストラ作品ということですね」

酒井「僕は交響曲なりピアノ・ソナタというタイトルをつけるのであれば、やはり古典のフォームを拝借したうえで、何か新しいことをしたいと考えています」

 こうした形式観の違いは2人が作曲を志した時代のちがいも感じさせる。

池辺「僕は上の世代の一番下の弟という意識がすごく強いんですよ。下の世代の一番上の兄貴ではないと。例えば武満さん、三善さん、矢代さん、松村さん、黛さん、湯浅さんたちの世代の一番下。やってることが完全にそうなんですよ。 例えば、自分の曲をやりながら映画音楽もやる、演劇もやる、テレビドラマをやる。僕より後の世代っていうのはすごく分化している。例えば、西村くんは岩代太郎くんみたいな映画音楽はやりませんでした」

池辺晋一郎 Photo by Jun Sanbonmatsu

予測不能なAI時代に、音楽創造が切り拓く道とは……

 最後に、「四人組とその仲間たち」のこれからに向けて、二人の想像する音楽の未来について聞いてみた。

池辺「作曲に関しても、このままいくとAIにやらせればいいやってことになっちゃう。それではつまらないので、僕は音楽全体の趨勢としては、やっぱり自分たちのアイデンティティーとか、血の中にあるものとか、自分たちが培ってきたものに頼るとか、そういう部分に戻らざるを得ないんじゃないかという気がする。例えば、自分たちの民族的なものとか、あるいは、古典的なものとか、何かへと回帰していくプロセスっていうのがこのあとで現れてくるんじゃないかなと思っている」

酒井「僕個人としては、新しいものを書き続ける中で、普遍性を諦めず探し続けたいというのがありまして。1つのコンセプトに基づいて書くっていうのは、それはそれで大した度胸だと思うんですけれども、新しいものにチャレンジする中で、普遍性とは何だろうかと考え続けることが今の僕にとって重要なんじゃないかと。
多分、毎年発表することによって、「四人組とその仲間たち」は自分に一番近いコンサートになると思うんですよね。だから、いま自分が考えていることを率直に表現しつつ、普遍性って何だろうかと問い続けることを、この演奏会でやりたいなと思っています」

取材・文:白石美雪


全音現代音楽シリーズ
四人組とその仲間たち―その31
現代室内楽の夕べ

2025.12/12(金)19:00 東京文化会館(小)

♪プログラム
池辺晋一郎:バイヴァランスXIX 2本のユーフォニアムのために【世界初演】
 演奏/外囿祥一郎、川内愛(以上ユーフォニアム)
新実徳英:〈神の木〉─尺八とチェロのために【世界初演】
 演奏/黒田鈴尊(尺八)、山澤慧(チェロ)
金子仁美:ビーム〜3Dモデルによる音楽XVII 1人の打楽器奏者のための【世界初演】
 演奏/藤本隆文(打楽器)
酒井健治:ピアノ・ソナタ第1番「クィンタ・エッセンチア」【世界初演】
 演奏/大倉卓也(ピアノ)
西村朗:カヤール フルートとピアノのための(1985)
 演奏/木ノ脇道元(フルート)、篠田昌伸(ピアノ)

問:全音楽譜出版社03-3227-6280
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