カワイ ポーランド支店のマリウシュ・アダムチャックさんに聞く
ショパン国際ピアノコンクール(10/2~10/23)を間近に控えたワルシャワの街は、どのような盛り上がりをみせているのでしょうか。お話をうかがったのは、ご自身もクラクフ音楽大学ピアノ科出身で、現在は Kawai Europa GmbH ポーランド支店のマネージャーを務めるマリウシュ・アダムチャック Mariusz Adamczakさん(47歳)。街の様子に加え、公式ピアノを提供するピアノメーカーが、コンクールに向けてどのような準備を進めているのか、8月にオンラインでお話を聞きました。

取材・文:平岩理恵(ポーランド語通訳・翻訳家)
—— 2年前にワルシャワにショールームがオープンしてから、今回が初めて迎えるショパンコンクールになるわけですが、開幕を目前に何か特別に取り組まれていることはありますか?
私たちの支店は、コンクールの会場となるフィルハーモニーから徒歩15分ほどのところにあります。期間中のコンテストタントたちの練習用に、ショールームではコンサートホールに加え複数の練習室を完備し、多くの出場者たちのご要望にお応えできるよう準備を進めているところです。

—— どの部屋でも、コンクールと同じ楽器で練習できるのですか?
部屋の大きさによりますが、いずれも Shigeru Kawai のシリーズを置いています。SK-EXを選択してコンクールに挑む出場者を優先しますが、余裕があれば、他のピアニストたちにも使ってもらえたらと思います。ただ、誰がどのメーカーのピアノを弾くことになるかは、セレクションが終わるまで誰にもわかりません。コンクール開幕の直前、コンテスタントたちは舞台上に並べられた錚々たる楽器の中から、わずか15分間で1台を選ばないといけないんです。できるだけ多くの人にうちの楽器を選んでもらいたいですけれどね。
注:今回のコンクールには、スタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリ、ベヒシュタインの5社が参加しており、9月29日~10月1日の3日間にわたりピアノ・セレクションの時間が設けられる。カワイの楽器は最上位モデルの「SK-EX」。

—— 楽器はいつ頃フィルハーモニーに搬入するのでしょうか?
コンクールで使用する楽器はどれも開幕直前の9月末ごろに運び込まれて、セレクションの準備に入ります。当社のピアノは、すでにもうポーランドには来ていますよ。Shigeru Kawai のシリーズはすべて日本で職人たちの手で作られるんです。日本とこちらは気候も違いますが、飛行機で運んできて1週間もすれば順応します。コンクールで使用する楽器は、数台の候補のピアノを事前に一度フィルハーモニーホールに持ち込み、複数のピアニストに試弾してもらい意見を聴きながら、メインチューナーを中心にカワイ調律チームの皆で決めました。
—— 前回の大会では、第2位に入賞したアレクサンダー・ガジェヴさんをはじめ、SK-EXを選択したピアニストが多くいましたね。
ピアニストなら誰でも弾いてみればSK-EXは欲しい音が出てくる楽器だということがすぐわかると思います。とても響きが豊かで、まるで空間の中に音の絵を描くかのような音色の可能性を有しています。デュナーミク(強弱)も思い通りに表現できるため、ピアニストは演奏中、完全に自由を得られます。鍵盤の感受性の良さ、何よりも色彩豊かな音色を持っていること、これがSK-EXの特長です。まさにショパン作品の演奏にはうってつけだと思います。

©D.Golik / The Fryderyk Chopin Institute
—— その響きを聴くのが楽しみですね。 Shigeru Kawai を含め、試弾も可能なショールームには普段どういったお客さんがいらっしゃいますか?
ピアニストはもちろん、子どもにピアノを習わせたい親御さんも多いです。自分が趣味で弾くために、あるいは自分がホスト役になって自宅で若い演奏家を招いた音楽会などを企画するような人も今増えていて、そのための楽器を検討しに来るといったケースもあります。ピアノを持ちたいと思う人は多くなっているように感じますね。
音大の学生や先生たちもよく来ます。学生たちは定期的にここで練習しますし、教授たちがここで授業をしたり、うちのコンサートホールを使ってもらうこともよくあります。音大とは良い協力関係にあるんですよ。そのほか、普段は家のアップライトで練習しているけれど、ときにはグランドピアノで弾きたいと練習室を借りに来る一般の方もいますね。

—— ショパン音楽大学もあり、音楽愛好家も多いワルシャワは、街中にも音楽があふれているんでしょうね。
はい。ワルシャワにはフィルハーモニー以外にも、クラシック音楽を聴ける場所がとても多くあるんです。特に今は夏場なので、ワジェンキ公園のショパン像のところで、毎週日曜日に野外コンサートが開催されています。毎回平均2~3千人もの聴衆が演奏を聴きに集まるんですよ!

—— コンクールを前にして街はどんな雰囲気になっていますか?
つい最近、ワルシャワの人形博物館の主催で、「ショパン人形コンテスト」が行われました。ショパンをモチーフにした人形を創作して競い合うというものです。コンクールを意識したイベントはこのように音楽に限らずたくさんありますし、ワルシャワだけでなくポーランド各地で数えきれないほどの演奏会が催されています。全国規模での盛り上がりが感じられます。

—— ショパンコンクールを鑑賞しに日本人も多く訪れると思いますが、初めてワルシャワに来る日本人におすすめしたい場所を教えてください。
ショパン関連で言えば、まずは先ほども出たワジェンキ公園。それからショパン博物館は外せません! ノーヴィ・シフィアト通り(新世界通り)からクラコフスキェ・プシェドミェシチェ通り(クラクフ郊外通り)にかけての散歩もいいですね。ショパン自身も歩いた道ですし、通り沿いには多くのショパンゆかりの場所があり、なんといっても聖十字架教会には彼の心臓が祀られています。そしてもちろんワルシャワに来たからには、旧市街をぜひ見てほしいですね。

—— ところで、マリウシュさんご自身はどうしてピアノに興味を持たれたのですか?
4歳の頃、祖母が見ていたテレビがきっかけです。ショパンコンクールのセミファイナルの再放送で、イーヴォ・ポゴレリッチが演奏していたんです。祖母の部屋まで覗きに行って夢中になって聴いて、「ぼくこれがやりたい!」って。たまたま近所の家にアップライトのピアノがあって、よくそこにお邪魔しては弾いていました。でも、ショパンの曲に取り組むことになったのは音楽学校後期課程でのことです。

3次予選と本選の中日、命日である10月17日にはミサが行われる。
—— ポーランドには公的な音楽教育システムがあるんですよね。
私がピアノを習い始めたのは7歳の時です。公立の音楽小学校〔前期課程に相当〕に通い、後期課程に入ったのは6年後の13歳の時です。そこでも6年間学ぶので、大学進学までに12年間の音楽教育が受けられるのです。ポーランドにはほとんど全ての都市に国立や公立の音楽学校がありますし、私立の学校もたくさんあります。
注:音楽小学校では、普通小学校と同じ一般科目の授業に加え、音楽に関する授業が盛り込まれたカリキュラム組みがなされている。
—— 羨ましい制度です。2005年優勝のラファウ・ブレハッチなども、こうした音楽学校出身ですよね。ところで彼以降ポーランドからは優勝者が出ていませんが、「今年こそは」という思いはありますか?
もちろん、あります。毎回ポーランド人はポーランド人が勝つことを願っていますし、そうなればみんな幸せでしょう。でも優勝者を選ぶのは審査員ですし、聴衆の好みが必ずしも審査員の結論と一致するわけではないですからね。
—— 近年、コンクールにはアジア人が多く参加していますが、このことをどう見ていますか?
ショパンコンクールに限らず、そういう傾向がありますが、ごく自然な流れだと思います。ヨーロッパがアジアに対してオープンになったということの証ですし、今や飛行機に乗りさえすればどこにでも飛べる時代ですから。個人的には各国の音楽の理解の仕方の多様性がとても面白いと感じます。ヨーロッパ各国、中国、日本、韓国、いずれもショパンの作品を全く違った方法で解釈します。それを一堂に聴けるのがコンクールの楽しみのひとつかもしれません。

—— 今回のショパンコンクールに期待することは何ですか?
私の夢はもちろん、Shigeru Kawai を弾いたピアニストがショパンコンクールで優勝することです! でも何より、本当に聴衆たちを魅了することができるような豊かな音楽的個性を持ったピアニストが現れて、ショパンの音楽に新鮮な解釈をもたらして優勝してくれることが一番の願いですね。そういったピアニストが Shigeru Kawai を弾けば、この楽器の持つ豊かな音色の可能性を万全に引き出してくれるでしょうし、まさに鬼に金棒ではないかと思います。
写真提供・取材協力:Kawai Europa GmbH – Poland Branch

平岩理恵 Rie Hiraiwa
東京外国語大学でポーランド語・文化を修了。ワルシャワ大学音楽学研究所留学。研究テーマはポーランドの舞曲、モニューシュコ。
訳書に『ショパン家のワルシャワ』(国立フリデリク・ショパン研究所)ほか。共訳に『ショパン全書簡』(岩波書店/現在3巻まで刊行)、編著にポーランド声楽曲選集『モニューシュコの家庭愛唱歌集〈選〉』(ハンナ)がある。ポーランド広報文化センター勤務の傍ら、フリーで通訳・翻訳・執筆も手がける。
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)



