
古典四重奏団のレクチャー付きシリーズ「ムズカシイはおもしろい!!」は、3年間ショスタコーヴィチに集中し、没後50年の今年、最後の4曲で全15曲を弾き終える。チェロの田崎瑞博は「今年が楽しみで仕方がなかったです」と笑顔をみせる。
「全曲演奏を以前一度やっているので、先のことを知った状態で最初から辿り直すのは面白かったです。ここがあの箇所に繋がるんだ!と発見がある。後期作品は書法的には簡潔で、必然性にあふれています。ショスタコーヴィチは年を追うごとに高度な書法になり、猛烈なスピードで自分を引き上げていった。それを追いかけるのは大変だけど楽しい。モーツァルトと同じ感覚です」
第12番以降は12音を音列的に並べた旋律(「十二音技法」とは全く別のもの)を多用するなど、新しい表現法を編み出した一方で、少ない音のシンプルな書法で透徹した世界を作る、後期の作品群。
「12音のメロディは無調的だけど主音に向かう力を感じさせるもので、十二音技法のパロディとして入れ込んだのでしょう。重要なのはむしろ“単純さ”です。ただの音階や誰でも作れそうなメロディを堂々と使って展開させる潔さ、でも誰にも真似のできない構築力。度肝を抜かれます。第15番の冒頭も単純な旋律(臨時記号もない!)をフガートにしただけで特別な世界観を作れる。恐ろしいほどです。その力は50代にはまだなくて、晩年にそれを獲得したわけです」
20世紀という時代、ソヴィエトという国を生き抜いたショスタコーヴィチだが、「あくまで自分の芸術に関心が強かった」と田崎はみる。
「谷川俊太郎の言葉に『人間はやっぱり争う、勝負ごとが好き、戦争は未来になっても終わらない』というものがあります。結局変わらないどころか、文明が進むほどひどくなる。彼に限らず、20世紀はそれまでの価値観、死生観が変わり、苦しんだのだと思います。ただ、それをテーマにするのではなく、あくまで絶対音楽で極めようとしたのがショスタコーヴィチ。もちろん現代ならではの時代性や社会性は反映されるし、自然に織り込まれる心情はあるけど、それだけを狙うことはなかったのです」
昨年のインタビューでの「彼と同時代を生きた者として、ショスタコーヴィチはできるだけ演奏しないといけない。ソ連が存在した当時の社会でわずかでも繋がっていた一人であることは、どこかに音として出る」という田崎の言葉には、この作曲家に取り組む意義が集約されている。記念年の秋、古典四重奏団の演奏で、後期作品の底知れぬ深みに入り込む。
取材・文:林 昌英
(ぶらあぼ2025年9月号より)
古典四重奏団 ムズカシイはおもしろい!! ショスタコーヴィチの時代 2025
その5の夜 2025.9/25(木)19:00
その5の昼 9/30(火)14:00
その6の夜 10/28(火)19:00
その6の昼 10/31(金)14:00
ルーテル市ヶ谷ホール
問:ビーフラット・ミュージックプロデュース03-6908-8977
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林 昌英 Masahide Hayashi
出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。

