新国立劇場オペラ芸術監督の大野和士が自ら指揮する、ロッシーニの傑作《ウィリアム・テル》(新制作)。11月20日の初日に先がけ行われた最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材。期待を裏切らない、充実の舞台だった。
(2024.11/18 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:山崎浩太郎 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)
序曲から、ドラマは動きだす。この序曲は人気の高い名曲だけに、目を閉じて聴きたい人もいるかもしれない。しかし今回のヤニス・コッコスの演出では、目をあけておいたほうがいい。
チェロのソロとともに、波打つ水面が紗幕に映し出される。今も昔も変わることのない水の動きとともに、遠い過去からくり返されてきた、圧政に抵抗する人々の物語が始まるのだ。
演出のコッコスは美術と衣裳を手がけていることも注目だ。第1幕は、高い木々に囲まれた広場。森の向こうに、スイス・アルプスの雪峰がはるかに見える。奥行きのある空間づくりが気持ちよいが、しかし、木々で光がさえぎられて薄暗いのは、村人たちの生活にのしかかる圧制者の存在を暗示するかのようだ。
三組の結婚を祝う祭りの場面では、民俗舞踊の動きを採り入れたバレエの振付が楽しい。合唱とバレエが独唱に組み合わされた大きなアンサンブルは、グランド・オペラならではの華やかさ。しかし最後はオーストリア総督の護衛隊が乱入し、不安が渦巻くなかで幕となる。
第2幕は、第1幕のセットをほぼそのまま使いながらも、巧みな照明により、雪原とコンクリートの柱のような、寒々とした雰囲気に変えている。迷彩服を着た兵士たちが民間人をいたぶる、今も世界のどこかで行なわれているだろう場面で始まる。
続いてハプスブルク家の皇女マティルド(オルガ・ペレチャッコ)が現れ、アルノルド(ルネ・バルベラ)への恋心を歌う。そのままアルノルドとの二重唱に続いていくが、ロッシーニの書いた旋律の美しさを、声に張りと集中力があるペレチャッコ、輝かしい高音をもつバルベラ、ロッシーニ歌唱の様式をよく心得た二人の歌で聴けるのが嬉しい。
ところが、この幕で女声が出てくるのはここまで。あとはアルノルドとギヨーム・テル(ゲジム・ミシュケタ)などの三重唱から、民兵を加えて総督打倒を誓う勇壮な合唱場面へと、男声だけで盛りあげていくロッシーニの手腕が冴える。
第3幕は、総督ジェスレル(妻屋秀和)の本拠地。ジェスレルと兵士たちの黒と赤の制服は、軍国主義と圧政のシンボルだ。
ここでもバレエが登場するが、第1幕の祭りの場面とは対照的に、捕らえられた三人の花嫁をジェスレルの兵士たちがなぶる踊りとなっている。第1幕では花嫁を牡山羊から守る振付だったが、ここでは花嫁が雌鹿のマスクをかぶらされ、辱められるのだ。
そのあと、テルと息子ジェミ(安井陽子)が捕らえられ、ジェミの頭上のリンゴをテルが射落とす有名な場面となる。愛らしくもまっすぐに生きるジェミと、息子のために勇気を奮い起こすテル。独奏チェロに導かれるテルのアリアは聴きどころの一つで、この役を得意とするミシュケタならではの感動的な歌唱が本番でも期待できるし、その後の緊迫感あふれる展開での音楽と、それを活かした演出は、全曲中の見せ場となるものだ。
休憩なしに続く第4幕は、ジェスレルに処刑された父の家に戻ったアルノルドの嘆きと、仲間たちに蜂起をうながす歌に始まる。第2幕の後半同様に男声だけで盛りあがったこの場面の後、テルの妻エドヴィージュ(齊藤純子)とジェミ、マティルドによる女声だけの三重唱と木管合奏が続くという構成は、ドラマとしても音楽としても効果的で、うならされる。
続いて、嵐に翻弄される舟からテルが脱出する場面ではプロジェクションマッピングが活用され、波浪と奔流が描き出される。続くジェスレルを射殺する場面では、舞台のセリがジェスレルを呑みこむ。
ここまで控えていたプロジェクションマッピングやセリの上下を、このクライマックスで一気に、大がかりに用いて効果を高める段取りが心憎い。
そして大団円。自由と平和を讃えるアンサンブルの歌にあわせ、いよいよアルプスの山容が美しく背景に輝くかと思ったら、背景に映し出されるのは、戦争で破壊されたビルの廃墟。現代においてもこの物語がまだ終わっていないことを示し、考えさせる、すばらしい結びだった。
歌手と合唱、バレエ、オーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)の高い水準、アンサンブルを見事に統率して壮大なドラマとして聴かせる大野の入念な指揮、そして効果的な舞台。まさしくグランド・オペラの名にふさわしいプロダクションだ。多くの人に体験してほしいと、心から思う。
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Information
新国立劇場 オペラ 2024/25シーズン
ロッシーニ《ウィリアム・テル》(新制作)
2024.11/20(水)16:00、11/23(土・祝)14:00、11/26(火)14:00、11/28(木)14:00、11/30(土)14:00
新国立劇場 オペラパレス
指揮:大野和士
演出・美術・衣裳:ヤニス・コッコス
アーティスティック・コラボレーター:アンヌ・ブランカール
照明:ヴィニチオ・ケリ
映像:エリック・デュラント
振付:ナタリー・ヴァン・パリス
出演
ギヨーム・テル(ウィリアム・テル):ゲジム・ミシュケタ
アルノルド・メルクタール:ルネ・バルベラ
ヴァルテル・フュルスト:須藤慎吾
メルクタール:田中大揮
ジェミ:安井陽子
ジェスレル:妻屋秀和
ロドルフ:村上敏明
リュオディ:山本康寛
ルートルド:成田博之
マティルド:オルガ・ペレチャッコ
エドヴィージュ:齊藤純子
狩人:佐藤勝司
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/guillaume-tell/