ベルリン・フィルの名手たちからなるフィルハーモニー・オーボエ・カルテットが来日し、鶴岡、東京、河口湖、釜石、松戸、足利、堺の各地で公演を行う。共演者は佐渡裕。といっても、指揮をするわけではない。なんと、佐渡がナレーター役として参加するというユニークな企画なのだ。
フィルハーモニー・オーボエ・カルテットの中心となるのは、世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルのオーボエ奏者クリストフ・ハルトマン。1992年よりベルリン・フィルで演奏しながら、同楽団公認の室内楽グループであるアンサンブル・ベルリンを結成するなど、室内楽やソロの分野でも旺盛な活動を続けてきた。フィルハーモニー・オーボエ・カルテットは、ハルトマンがベルリン・フィルの同僚たちと故郷で室内楽のフェスティバルである「ランツベルク夏の音楽祭」を立ち上げたことをきっかけに結成された。メンバーはヴァイオリンのルイス・フィリペ・コエーリョ、ヴィオラのワルター・ケスナー、チェロのクレメンス・ヴァイゲル。いずれもハルトマンのよき友人たちでもある。
フィルハーモニー・オーボエ・カルテットが用意したプログラムは、モーツァルトのオーボエ四重奏曲ヘ長調、ジャン・フランセのコールアングレ四重奏曲、そしてモーツァルト(ロシナック編曲)のオペラ《魔笛》ハイライト。モーツァルトのオーボエ四重奏曲はオーボエ奏者にとって欠かすことのできないレパートリーだ。当時の名奏者フリードリヒ・ラムのために書かれ、技巧的でありながらもモーツァルトならではの陰影に富んだ名曲中の名曲である。一方、フランスの作曲家フランセのコールアングレ四重奏曲は、20世紀後半に書かれた比較的新しい作品。コールアングレ(イングリッシュ・ホルン)はオーボエ族の楽器で、オーボエより低い音域を持ち、温かみのある甘い音色を特徴とする。フランセは軽妙洒脱な作風で知られており、この作品もジャズ風のリズムが用いられるなど、ウィットに富んでいる。聴きものは第2楽章のゆったりとしたメロディ。コールアングレの官能的な音色が生かされており、名手ハルトマンの魅力を堪能できる。多くの人にとって初めて聴く曲だと思うが、聴けばすぐ好きになれるはずだ。
そしてメイン・プログラムはモーツァルトの《魔笛》ハイライト。《魔笛》といえば大人から子どもまで楽しめるメルヘン・オペラの大傑作だ。旅の王子が試練を乗り越えて姫と結ばれるまでのストーリーが描かれる。今回の編曲にはオペラの聴きどころが集められており、軽快な序曲をはじめ、名場面が次々と登場する。ここで重要な役割を果たすのが、佐渡裕だ。ハルトマンの狙いは、オペラの有名曲をただ並べるだけではなく、ストーリーも感じながらオペラのエッセンスを体験してもらう点にある。そのためには、ナレーションが欠かせない。彼らがこの企画をドイツやイタリアで成功させ、さあ次は日本でやろうという話になったとき、「ぜひユタカにナレーターをやってほしい!」という要望が出てきたのだという。
MESSAGE from 佐渡裕 今回『フィルハーモニー・オーボエ・カルテット』はたった4人でモーツァルトの有名なオペラ《魔笛》のハイライトを演奏します。この編成で壮大なオペラの世界に挑むのは、普通なかなか考えられないことですが、世界的名手達が小さなオーケストラとして、生き生きとしたオペラの舞台を体験させてくれます。私はナレーションとして友情出演し、ちょっとだけ演奏にも参加します!オペラや室内楽ファンの皆様だけでなく、演奏会は初めての方にも楽しんでいただける特別な企画。どうぞご期待ください!
佐渡は以前にベルリン・フィルとも共演しているが、実はハルトマンは佐渡が芸術監督を務めている兵庫芸術文化センター管にもたびたび客演して、若い奏者たちの指導に当たってきた。ふたりはいわば盟友ともいうべき間柄。また、チェロのクレメンス・ヴァイゲルは同楽団のゲスト・トップ・プレイヤーとしても活躍する。そんな縁があって、今回、異例のナレーターとしての出演が実現した。かつてテレビ朝日『題名のない音楽会』の司会者を務めるなど、トークの巧みさには定評のある佐渡だけに、この人選は納得だろう。なにより《魔笛》という作品を隅々まで知り尽くした指揮者が案内役を買って出てくれたのだから、これほど心強いことはない。
今回の《魔笛》の編曲者であるフランツ・ヨーゼフ・ロシナックは、モーツァルトと同時代のオーボエ奏者でもある。現代の編曲ではなく、モーツァルト時代の編曲であるという点も興味をそそる。ロシナックはドナウエッシンゲンのフュルステンベルクの宮廷楽団に務め、オーボエの演奏のみならず、編曲者としてもさまざまな仕事を担っていた。録音再生技術のない時代には、オペラなど編成の大きな曲をコンパクトな室内楽編成に編曲することには、作品を広めるために重要な意味を持っていた。こういった編曲譜が存在すること自体が当時の《魔笛》人気の高さのあらわれでもあり、ロシナックを通じて時代の空気に触れることができるのもうれしい。
最高峰の楽団の名手たちが《魔笛》の世界を親密な室内楽で再現する。オペラになじみのある人もない人も、きっとその魅力を存分に味わうことができることだろう。
文:飯尾洋一
写真提供:クリスタル・アーツ
フィルハーモニー・オーボエ・カルテット with 佐渡裕(ナレーター)
出演
クリストフ・ハルトマン(オーボエ)
ルイス・フィリペ・コエーリョ(ヴァイオリン)
ワルター・ケスナー(ヴィオラ)
クレメンス・ヴァイゲル(チェロ)
佐渡裕(ナレーター)
曲
モーツァルト:オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370
フランセ:コールアングレ四重奏曲
モーツァルト(ロシナック編):オペラ《魔笛》より K.620
2024.12/4(水)18:30 山形/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)
問:TUY テレビユー山形 事業部 023-624-8109
12/5(木)19:00 浜離宮朝日ホール
問:朝日ホール・チケットセンター 03-3267-9990
12/6(金)19:00 山梨/河口湖円形ホール
問:河口湖円形ホール 0555-76-8822
12/7(土)16:00 岩手/釜石市民ホールTETTO ホールA
問:釜石市民ホールTETTO 0193-22-2266
12/8(日)14:30 千葉/森のホール21
問:森のホール21チケットセンター 047-384-3331
12/9(月)19:00 栃木/あしかがフラワーパークプラザ(足利市民プラザ)文化ホール
問:あしかがフラワーパークプラザ 0284-72-8511
12/10(火)19:00 大阪/フェニーチェ堺
問:フェニーチェ堺 072-223-1000