作品と一緒にいたい、という心境ですね
シューベルトが死の2ヵ月前に遺した「三大遺作ソナタ」、ベートーヴェン最後の3つのピアノ・ソナタ、そしてブラームスの最後のピアノ作品である3組の小品集──3人の作曲家の“最後”を切り取って、それを1曲ずつ並置する全3回のリサイタル「三大作曲家の遺言」(4、7、11月)を開く田崎悦子。発売中のCD録音と並行して、すでに昨年、大阪でも披露された興味深い好企画だ。
「出発点はシューベルトの3曲の遺作ソナタです。高校を卒業してニューヨークに渡った1960年代、まだあまり弾かれていなかったシューベルトの大曲を盛んに演奏していたのがルドルフ・ゼルキン先生でした。私は先生と同じ音楽事務所に所属していたので、演奏に接する機会も多く、それまで知っていた小曲や歌曲では味わえないシューベルトの大曲の魅力にとりつかれました」
それはたとえば、1990年前後に続けて録音した3枚のシューベルト・アルバムとしてもいったん結実している。そして実は、1997年にも今回とまったく同じ内容の全3回のリサイタルを開いている。つまり今回は十数年を経ての再現なのだが、自身の中で感じ方は大きく異なるという。
「3年ほど前の冬のある日、八ヶ岳の自宅でぼんやり目の前にそびえる山を眺めていたら、ふいにまたこの企画が顔を出してきたんです。18年前は挑戦でした。高い峰を征服しようという気持ちがあったのですが、今はそれが全然ないんです。簡単に弾けるようになったという意味ではなく、一緒にいたいという気持ちが強いのです。別に登りきらなくてもいい。見ているだけでも美しいのだから」
昨年の大阪、今年の東京と、同じ企画を2年連続で繰り返すのは初めて。
「去年大阪で弾いて、今回また同じように勉強し直すつもりでいたのに、なんだか全然違う感じで1回目に戻れるんです。曲のほうからやってくるというのか、作曲家たちがまた新しい人みたいに目の前に現れる。楽譜に書いてあることをもう一度丁寧に読み取っていくと、毎日変わっていくんです。引き出しから出してきて弾くのではなくて。きっと私には引き出しがないんですね。毎日変わるから。空に浮かぶ雲が一瞬として同じ色や形でないように、音楽に対して常に新鮮に接していたい。そう思います」
40年以上の演奏歴を持つ大ベテランでありながら毎日新しい発見をするというしなやかな感性。その新しいシューベルトやベートーヴェンやブラームスが現れる瞬間を共有できるのは、聴き手にとっても素敵なことだ。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年4月号から)
田崎悦子 ピアノリサイタル2015 三大作曲家の遺言
第1回 4/18(土)、第2回 7/18(土)、第3回 11/14(土) 各日14:00
東京文化会館(小)
問 ヒラサ・オフィス03-5429-2399
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