松本隆による現代口語訳「冬の旅」がCDブック化

 日本を代表する作詞家・松本隆が、31歳で世を去った天才作曲家シューベルトの音楽とミュラーの詩に魅了され、魂を込めて創りあげたシューベルト「冬の旅」の現代口語訳。1992年に発表され五郎部俊朗のテノールでCD化されたその松本隆訳「冬の旅」が20年以上の時を経て今年、新たに鈴木准のテノールと三ツ石潤司のピアノでCDブック化された。『心で撮る風景写真』など、日本の風土の美しさを伝える撮影で知られる写真家 竹内敏信の、美しいヨーロッパの風景をとらえたカラー写真と詩集つき。

 今再び現代口語訳「冬の旅」を取り上げたことについて、訳詞の松本隆は「この作品にあるのは今、『冬』の時代にある日本に必要な美意識」だと語る。それを端的に表すのが“絶望ほど、深く、美しいものはない”という今回のプロジェクトのキーワードだ。

 暗いニュースが多い今の状況は、いわば「冬」。そうした状況をただ否定するのではなく、そこに美しさを見出すという行為、すなわち自らの美意識・価値観の転換によって乗り切れるのではないかというのが、松本の考えだ。そして今だからこそ、シューベルトの音楽にそうした思いを託そうという想いが、制作のきっかけとなった。

 新国立劇場のオペラ《鹿鳴館》(三島由紀夫・原作、池辺晋一郎・作曲)《沈黙》(遠藤周作・原作、松村禎三・作曲)など、日本語でのオペラにも定評のある鈴木准。ドイツ語の歌を日本語訳で歌うことについて鈴木は「外国語と日本語には決定的な違いがあるわけで、一字一句つきあわせた時にイコールにすることはできません。まして、音楽という制約の中で置き換えることは困難です」と言いつつも、日本語で歌うことの可能性や価値について次のように語る。「今ではその機会はずいぶんと減っていますが、かつて様々なオペラが日本語訳で歌われていました。2年前、久しぶりに日本語訳詞でオペラを歌う機会を得ました。佐渡裕さんの指揮で《セビリャの理髪師》伯爵役を歌ったのですが、その時の聴衆の反応は、まさにそこで起きているドラマと直接つながっていました。外国語を聞きながら字幕を見て…というタイムラグがないわけですから、当然と言えば当然です。日本語化するのが難しい作品も多いかもしれませんが、聴衆の選択肢として、日本語による上演を楽しむ場はあった方が良いと思います。そしてこの『冬の旅』を聴いていただければわかることですが、松本さんのようなスペシャリストの手にかかれば、困難は乗り越えられます。いろいろな形で、日本語を歌う機会が増えることは、歌い手にとっても聴衆にとっても幸せなことだと思います」

 今回の録音を振り返り鈴木は「これは私自身が歌ってみてよくわかるのですが、松本さんの詞によっての24曲の世界が見事につながっています。シューベルトのメロディの上に見事なバランスで配置された、洗練された言葉を口にしたとき、登場人物の悲しみや喜び、そして絶望を経験している自分」がいると言う。そして「非常に深い没入感を得られるこの作品は、私の歌手としての人生になくてはならない、重要な表現手段となると確信しています。松本さんが愛する重要な作品に、私を選んで頂いて本当に嬉しく思います」と語る。

■CD BOOK 冬の旅
【曲目】
フランツ・シューベルト:冬の旅(全24曲)
【演奏】
鈴木准(テノール)
三ツ石潤司(ピアノ)
【録音】
2014年12月16-18日(セレスホール:長野県上田市)/デジタル/72分
【体裁】
B5判変型(186×170㎜) 詩集96頁+CD1枚(デジタル72分) *ケース入り

学研パブリッシング刊 定価3,500円(税別) ISBN:9784058004128

録音
レコーディング風景から。左)松本隆 右)鈴木准

■松本 隆(作詞・スーパーバイザー)
東京青山生まれ。中・高・大と慶応義塾で過ごし、在学中に伝説のロックバンド「はっぴいえんど」を、細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂と結成し、ドラムスと作詞を担当する。同バンド解散後、作詞家として太田裕美、松田聖子をはじめ多数のヒット曲を手がける。’81年、寺尾聰「ルビーの指環」で日本レコード大賞作詞賞を受賞する。また、ロック・ポップス等のジャンルを超えて、その活動範囲を広げ、シューベルトの歌曲「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」の現代口語訳を発表、好評を得る。また、オペラ「隅田川」、詩篇交響曲「源氏物語」、’12年「古事記」を題材に、口語体の作詞を施した「幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)」を発表し、レコード大賞企画賞を受賞するなど、内外の古典にも憧憬をもって取り組んでいる。

■鈴木准(テノール)
北星学園大学卒業。東京藝大卒業。同大学院博士課 程にて音楽博士学位取得。東京藝大「メサイア」ソリストに抜擢されて以来、バッハ・コ レギウム・ジャパンの国内外の公演・録音に参加するなど数多くの宗教曲を演奏。オペラでは「コジ・ファン・トゥッテ」フェランドで東京二期会デビュー。とりわけ「魔笛」タミーノは当り役。ロンドンとオーフォードの教会で演じたブリテン「カーリュー・リヴァー」狂女は国際的評価を得た。さらに神奈川県民ホール「愛の白夜」ヨーニス、新国立劇場「沈黙」モキチ、「鹿鳴館」久雄、兵庫県芸術文化センター「セビリャの理髪師」(邦訳詩上演)アルマヴィーヴァ伯爵のほか、びわ湖ホール「死の都」パウルで新境地を開いた。二期会会員。

■三ツ石潤司(ピアノ)
東京藝大作曲科卒業、同学大学院博士課程(音楽学)単位取得。1988年よりウィーン国立音楽大学に学び、89年より教育科、作曲指揮科、声楽科講師を経て、95年より2008年まで同学で初めてのアジア人声楽科専任講師。2004年はリート・オラトリオ科でエディット・マティス教授のアシスタントを務める。そのかたわら、ヨーロッパ各地でコレペティートアとして活躍。08年に帰国し、日本各地で、コレペティートア、伴奏者、作曲家として活動。伴奏法や演奏解釈を中心に後進の指導にあたっている。武蔵野音大教授。東京藝大講師。09年、オーストリア共和国功労金章受章。

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