こんなヴェニス(ヴェネツィア)は、誰も思い描いたことがない。1994年生まれのチェリスト、アナスタシア・コベキナは、歴史と夢想の交差点としてのヴェニスを、音で描写した。ヴィヴァルディやモンテヴェルディらヴェニスで活躍した音楽家の作品がある一方で、彼女がこの迷宮都市から受けた印象が、フォーレからクルターグ、ブライアン・イーノまで様々な楽曲に投射される。そのチェロはピリオド/モダンの境界を自在に行き来し、甘美な歌からハスキー・ヴォイス、叫びまで恐るべき表現のパレットでこの超現実的都市図を彩色する。歴史から人は学ばない、という怒りまで潜ませつつ。
文:矢澤孝樹
(ぶらあぼ2024年4月号より)
【information】
CD『ヴェニス/アナスタシア・コベキナ』
モンテヴェルディ:アリアンナの嘆き/ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲 RV405、同RV416/ブライアン・イーノ/ジョン・ホプキンス/レオ・エイブラハムズ:エメラルドと石/クルターグ:チェロのためのサイン ゲームとメッセージ「影」/フォーレ:「3つのうた」より〈ゆりかご〉 他
アナスタシア・コベキナ(チェロ)
バーゼル室内管弦楽団 他
ソニーミュージック
SICC 30840 ¥2860(税込)