ノットのタクトがドビュッシー&ヤナーチェクの難曲を鮮やかに描く
取材・文:林昌英
ジョナサン・ノットと東京交響楽団による、10月14日・15日の定期演奏会に向けたリハーサル2日目(10/12)を取材した。
曲目はドビュッシー(ノット編)交響的組曲「ペレアスとメリザンド」とヤナーチェク「グラゴル・ミサ」(Paul Wingfieldによるユニヴァーサル版)。独自の作曲技法や音楽語法を作り上げて、20世紀の音楽全体に大きな影響を与えた作曲家たちであり、両者の代表作が並ぶプログラムとなる。
リハーサルはドビュッシーから開始。近代フランスのドビュッシー唯一のオペラ《ペレアスとメリザンド》は、精妙なハーモニーと音色の美しさが際立つ演目で、それまでのオペラの常識を覆して後世にも大きな影響を与えた重要作である。ノット自身による編曲は、オペラの美しい場面が連続するもの。
ノットの本作のリハーサルは、これまでに取材したドイツもののときとはまた違い、細かくハーモニーを確認しながらフレーズ感を繊細に整え、オペラ中のセリフなどもまじえて、一瞬ごとの表情付けを妥協なく詰めていく。正攻法で根気強い作り込み方ではあるが、すばらしい響きができあがることはもちろん、その結果として時折できる「間」の美しさに驚き、これこそが近代フランス音楽の醍醐味かとも思えるほど。木管ソロも冴え冴えとして美しい。このオペラをよく知る人も、あまり接したことのない人にも、この上ない好機となるはず。
リハーサル後半は、近代チェコのヤナーチェクの代表作「グラゴル・ミサ」。4人の独唱と合唱が加わり、歌詞は古代スラヴ語、最終盤には歌が止まりパイプオルガンの超人的なソロが登場する。とにかく強烈に耳に残るハーモニーやメロディが連続する独特な音楽だが、さらに今回の版はいわゆる「初稿」で、「改訂稿(現行版)」より個性が際立つ。
初稿では「イントラーダ」が最初にも置かれて(改訂稿では終曲のみ)、次の曲「序奏」では1小節が3拍子、5拍子、さらに7連符と、素数3つのリズムが同時進行する。かなりの難所のはずだが、なんとノットは平然と3つで振り続けて、5と7のセクションは歌心をもってメロディを奏でて、素数の仕掛けとは気づきにくいほどの自然さで通り過ぎる。譜割りではなく音楽を表現するノット、それを余裕で実現する東響。コンサートマスターの小林壱成はこう語ってくれた。
「ノットさんは『ヤナーチェクはモーツァルトのようなところがある』と語っていました。彼が指揮するモーツァルトには揺れがあり、音楽をするというより音で空間を表現しているような感覚で、たしかにヤナーチェクにも通じます。拍が複雑であっても、空間を大事にする、複雑な拍子を同時に奏する事で生まれる別物の表現を大事にするというのが今回のテーマと考えています」
他にも、聴きなれた緩急と違う場面も多いほか、特に5曲目「クレド」は痛快。異例のクラリネット3本のバンダが登場し、3組のティンパニがインパクトのある音響を作り、そこにオルガン・ソロも絡む。これぞヤナーチェクの真骨頂! この異様な音響空間、ぜひとも会場で体験してほしい。
東響コーラスはこの難曲でも例によって暗譜で高精度に歌い上げ、本場の名歌手陣も余裕のある美声を聴かせて、各人の声の伸び方はそれだけでも聴きものになるほど。この日の練習では8曲目の大オルガン・ソロはなかったが、本作はじめ超絶ソロを完璧かつ音楽的に奏でられる名手・大木麻理の演奏で、興奮の時間になること間違いない。
どちらの作品も複雑なはずだが、ノットの精緻かつ情熱的な指揮だと、音楽が常にしなやかに動き続ける。ノット&東響のライブ感あふれる演奏で、個性的な重要作の真価を堪能できる好機だ。
【Information】
東京交響楽団
川崎定期演奏会 第93回
2023.10/14(土)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
第715回 定期演奏会
10/15(日)14:00 サントリーホール
出演/
指揮:ジョナサン・ノット
ソプラノ:カテジナ・クネジコヴァ
メゾソプラノ:ステファニー・イラーニ
テノール:マグヌス・ヴィギリウス
バス:ヤン・マルティニーク
合唱:東響コーラス
曲目/
ドビュッシー(ノット編):交響的組曲「ペレアスとメリザンド」
ヤナーチェク:グラゴル・ミサ(Paul Wingfieldによるユニヴァーサル版)
問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp