栗山民也演出で際立つ心理劇〜日生劇場開場60周年記念公演《メデア》日本初演 GPレポート

人間の本質を問う究極のドラマ

 今年10月に開場60周年を迎える日生劇場。その記念公演第1弾として上演されるのが、ケルビーニ作曲のオペラ《メデア》だ。ギリシャ悲劇を題材にしたこの作品は王女メデアの壮絶な復讐劇であり、人を愛するとはどういうことなのか、という人間の本質を問う究極のドラマでもある。2013年に日生劇場開場50周年記念作品としてライマン作曲《リア》を演出した栗山民也が、10年を経て再び「NISSAY OPERA」を手がける。5月28日出演組の最終総稽古(ゲネラルプローべ)を取材した。
(2023.5/25 日生劇場 取材・文:室田尚子 写真:寺司正彦)

横前奈緒(グラウチェ)
左より:相原里美(第一の侍女)、金澤桃子(第二の侍女)、横前奈緒(グラウチェ)、城 宏憲(ジャゾーネ)

 ルイージ・ケルビーニはフィレンツェに生まれ、18世紀末から19世紀前半のパリで活躍した作曲家で、《メデア》は彼の代表作。ベートーヴェンがオペラ作曲家としてのケルビーニを高く評価していたことはよく知られており、《メデア》の序曲は彼のお気に入りだったそうだ。元々はオフマンによるフランス語台本で、レチタティーヴォなしでセリフが入る「オペラ・コミック」のスタイルを持つ歌劇《メデ》として、1797年にパリで初演された。その後、ドイツの作曲家ラハナーがレチタティーヴォを作曲。さらに20世紀に入ってからイタリア語訳詞による初演が行われ、今回もこのイタリア語版での上演となる。

手前右:デニス・ビシュニャ(クレオンテ)
中央:中村真紀(メデア)

 コルキスの王女メデア(中村真紀)は武将ジャゾーネ(城宏憲)との間に2人の息子をもうけたが、ジャゾーネはメデアを捨て、今度はコリントの王女グラウチェ(横前奈緒)と結婚しようとしている。ジャゾーネの裏切りを許せないメデアをおそれ、コリント王クレオンテ(デニス・ビシュニャ)は彼女を追放しようとするが、メデアの懇願から1日だけ猶予を与えてしまう。侍女ネリス(山下牧子)が止めるのも聞かずに復讐を決行するメデア。まず婚礼の祝いに贈った王冠に仕込んだ毒でグラウチェが死亡。さらに2人の息子にも手をかけ、神殿に火を放つ。

 “子殺し”というショッキングなラストのために、メデアは狂気に駆られた悪女のようにとらえられることが多いが、彼女の復讐には「理」がある、といったら言い過ぎだろうか。ジャゾーネがメデアを捨てたのは、彼女がジャゾーネを守るために実の弟を殺すのを見て恐れをなし、また「英雄たる自分よりも賢く行動力のある女性」(長屋晃一によるプログラムノートより)が嫌になったからだ。男性の身勝手さに踏みにじられたメデアは、それでもジャゾーネに懇願する姿勢を崩さない。第1幕で歌われるアリア〈あなたの息子たちの母親が〉からは、そんな彼女の悲しいまでの愛と情を聴くことができる。それでも彼女を否定するジャゾーネの態度に、メデアは激昂し復讐を決意するのである。

右:山下牧子(ネリス)

 子までなした相手に捨てられるという境遇はベッリーニのノルマを思わせるが、メデアはノルマよりもはるかに主体的に動く女性だ。その証拠に第2幕以降、彼女は王クレオンテとジャゾーネに対して抑制的に振る舞い、相手が隙を見せるのを待って復讐を実行に移す。今回のプロダクションで印象的だったのは、そうしたメデアの「理性」と「感情」が実に細やかに表現されていることだ。激情に駆られる場面では床に寝転んで身悶え、理性を働かせる場面では背筋を伸ばし凛としてたたずむ。メデア役の中村真紀が、こうした揺れ動くメデアの内心を実に見事に表現している。音域も広く、またダイナミクスも幅広い大変な難役だが、中村の歌唱はゲネプロでもひときわ光っていた。

 栗山民也の演出はこのように、「表と裏」「愛と憎しみ」「正気と狂気」というふたつの領域を丁寧に描き出していく。舞台は通常のステージよりも前に三角形の部分が張り出すように作られており、この三角形の頂点部分が、メデアのギリギリの精神状態を表しているようだ(美術は二村周作)。装置は全体的にグレーを基調とした、シンプルだが重厚感のあるもの。そして照明(勝柴次朗)を使ってスクリーンや壁に影を映し出す手法も心理状態の表現に一役買っている。特に第2幕、メデアとジャゾーネの二重唱では、大きくなったり小さくなったりするふたりの影が心の交錯を表現して効果的だった。衣裳(前田文子)も時代を特定しないシンプルなもので、こうしたつくりがすべて、「心理劇」としての本作を特徴づけている。

 登場人物は多くはないが、歌手陣は役の特徴をよくつかみ表現できる人たちが揃っていると感じた。その中でも中村と並んで印象に残ったのが、ネリス役の山下牧子である。第2幕にメデアを慰める美しいアリアが用意されているが、これまで山下が演じてきた数多の「侍女」たちの中でも、これほど哀切で情にあふれた人物はいまい、と思わせる素晴らしい出来ばえだった。指揮の園田隆一郎は新日本フィルをうまくまとめ上げていたが、作品の持つドラマティックな側面が本番ではさらに前面に出てくることを期待したい。
 
 今回が日本初演となる本作。各キャスト1日のみの上演となるが、これを見逃すと次にいつ舞台上演があるかわからない稀少なプロダクションだ。ぜひ日生劇場に足を運んでこの歴史的瞬間を体験してほしい。

関連記事

Information

日生劇場開場60周年記念公演 NISSAY OPERA 2023
ケルビーニ:《メデア》日本初演・新制作
(全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付)


2023.5/27(土)、5/28 (日)各日14:00
日生劇場

指揮:園田隆一郎
演出:栗山民也
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

出演
メデア:岡田昌子(5/27) 中村真紀(5/28)
ジャゾーネ:清水徹太郎(5/27) 城 宏憲(5/28)
グラウチェ:小川栞奈(5/27) 横前奈緒(5/28)
ネリス:中島郁子(5/27) 山下牧子(5/28)
クレオンテ:伊藤貴之(5/27) デニス・ビシュニャ(5/28)
第一の侍女:相原里美(両日)
第二の侍女:金澤桃子(両日)
衛兵隊長:山田大智(両日)

問:日生劇場03-3503-3111 
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2023_info/medea/

他公演
2023.9/1(金)18:30 岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場(086-201-2200)