吉川具仁子(ソプラノ)

“歌”の原点に立ち返って

(C)武藤 章
(C)武藤 章

 「いま、歌える、歌わせていただけることが本当にありがたいのです」というソプラノの吉川具仁子の言葉は、20年ぶりに本格的な活動を再開した彼女の紛れもない心からの思いであり、音楽への敬愛と感謝の気持ちがあふれていることを感じさせる。しかしそれは、相次ぐご家族の看病や介護のために活動を休止していたというだけではなく、東京芸大大学院修了後、間もなく留学し、以来30年におよんだイタリアで学び得たことも大きい。
「イタリア古典歌曲は、ある意味では私の(音楽の)骨格をつくったものといえると思います。イタリア語の扱い方や品格を持たせた感情表現が要求される“古典のスタイル”というものを教えていただいたことは、歌手としての礎であり、また音楽をみるうえでの指針として得られた大切なことだと思っています。あるとき、先生が伴奏もついていない古典歌曲の古い譜面から“音楽を立ち上げる”ということを示してくださったときにはワクワクしましたね。1500年、1600年代の音楽がこんなに生き生きしていていいの?って(笑)」
 古典歌曲ばかりでなく、あらゆる教えを吸収することが面白かったと振り返り、そうしたなかで、音楽への「憧れ」を与えられたのだと語る。大切なものを本当に愛しむようなその表情はそのまま歌唱に表れている。
 今年7月の第1弾CD『トスティ歌曲集』に続き、10月には、イタリアの16〜18世紀の歌曲にグルックとペルゴレージの「スターバト・マーテル」からの2曲を加えた全21曲による第2弾『古典の世界』をリリース。さらに、リサイタルのプログラムは、より多彩だ。ピアノが名手・山田武彦というのも聴きものだ。
「リサイタルのプログラムでは、留学して最初に教えていただいた先生から『耳が変わっていかないといけない』と言われたことを大切にしています。古典派があって、ロマン派があって、近代があって、そして地方の特色をもったものも組み入れる、ということです。『お客さまの興味がとぎれないように』、ということなのですが歌う側も楽しめますし、一曲一曲に新鮮な気持ちをもつことができます。さらにそこにアーティストとして表現したいことが込められるように、と心がけるのですけれど」
 今は、ただひたすらに立派に歌おうとした若いころとは異なる思いがある。
「音楽には絶対的な美、崇高さがあります。私は《アドリアーナ・ルクヴルール》のIo son l’umile ancellaのように『創造の神の僕(しもべ)』でありたいと願っています。私がこれまで体験してきた辛かったことや嬉しかったいろいろなことがいま、音楽をより深く表現することに繋がれば、と思うのです」
取材・文:吉羽尋子
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年10月号から)

10/17(金)19:00 Hakuju Hall
11/5(水)19:00 兵庫県立芸術文化センター(小)
問:レ・プレイアディ03-5327-8034
http://www.lepleiadi.co.jp

CD『古典の世界』
ナミ・レコード
WWCC-7769 ¥2500+税
10/25(土)発売