ロシアの知られざる傑作に光を当てる
音楽的にも人間的にも、懐の大きさと深さを感じさせるロシアのピアニスト、ボリス・ベレゾフスキー。この秋の東京・静岡でのリサイタルのために彼が組んだプログラムは、オール・ロシアものだ。それも世に知られざる美しい作品をふんだんに並べている。
「知られざる素晴らしいピアノ曲がロシアにはたくさんあります。今僕が力を入れているのは、それらを有名曲と組み合わせてプログラムすること。ラフマニノフのソナタは第2番がよく弾かれますが、今回は第1番を取り上げます。1番は日本に限らず、ロシアを含め世界中で弾かれることは多くありません。その理由は、2番に比べると長大であり演奏技術も要するのでピアニストにとって負荷が高く、曲の終わり方があまりにも悲劇的だからかもしれませんね。映画と同様に、音楽もポジティブな雰囲気で終わる方が人気が出ますから。1番はもともとゲーテの戯曲『ファウスト』に着想を得ているので、悲劇が重要なエッセンスであり、ぞっとするような終わり方をします。でも僕は、欠点がどこにも見当たらない傑作だと思います」
激情的なラフマニノフのソナタと対照的な選曲が、メトネルのソナタ「牧歌」だ。こちらも珍しい一曲。
「タイトルは自然を眺めることで得られる心の平安や瞑想状態を表していて、東欧哲学に近しいものを感じます。メトネルは非常にドラマティックな作品を書く人ですが、まれにこうした穏やかな感情をピアニストに与えてくれます」
後半のメインとなるのはバラキレフのスケルツォとマズルカだ。マズルカというとショパンを思い浮かべてしまうが、バラキレフの特徴は?
「ショパンのマズルカは典型的なポーランド舞曲の要素が強いですが、ロシアの歴史は東方との結びつきが強いので、バラキレフのモティーフはどれも東洋的です。テクニックや華やかさはショパンの作品とよく似ていますが、スケルツォもマズルカもバラキレフの作品は全体的に東洋的幻想に満ちています」
最後はバラキレフの有名曲「イスラメイ」で締めくくる。ベレゾフスキーは「新・イスラメイを披露します」と微笑んだ。「長年の“得意曲”でしたが、少し前に自分の演奏がひどくて失望しました(笑)。その時『この曲を新しいレベルに引き上げなければ』と決心したのです。一層素晴らしい演奏で皆様にお聴かせするつもりです!」
京都ではケント・ナガノ指揮、モントリオール響とプロコフィエフの協奏曲第2番を披露する。いつも日本滞在を心から楽しむベレゾフスキーは、最後に「民族音楽に興味があるので、日本の三味線を習いたいな」と優しい声音で語った。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年10月号から)
10/11(土)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:カジモト・イープラス0570-06-9960
10/13(月・祝)15:00 静岡音楽館AOI
問:静岡音楽館AOI 054-251-2200
ケント・ナガノ(指揮)モントリオール交響楽団との共演
10/12(日)14:00 京都コンサートホール
問:京都コンサートホール075-711-3231