セミ・ステージ形式で堪能するワーグナー最後の大作
びわ湖ホールは、かつて若杉弘・初代芸術監督の下で、日本ではほとんど上演される機会のないシラー、ユーゴー、バイロンなどの原作によるヴェルディのオペラ9作を、連続して取り上げた。いわゆる「V9」(=Verdi 9)の偉業である。そして今、沼尻竜典・第2代芸術監督の下で、ワーグナーの通常レパートリー10作品の連続上演が進行中だ。「W10」の達成も近い。惜しむらくは感染症対策のため、2021年度からの3作は大がかりな舞台上演を諦めざるを得なくなっているが、偉業であることに変わりはない。
さて今回、3月の上演作品は、ワーグナー最後の大作《パルジファル》である。ゆったりとしたテンポの壮大な音楽はまさに円熟の極みで、それはワーグナー愛好者が最後に辿り着く安住の地ともいうべく、一度その音楽に嵌ったら抜け出せぬ魔城なのである。
キリストの最後の晩餐で使われた杯、十字架上の彼の身体から流れる血を受けた杯——つまり「聖杯」と、彼の身体を突いた槍——「聖槍」とを聖遺物として守護する国モンサルヴァート。そこを襲った恐るべき破滅的な危機を、「他者の罪を引き受け、ともに苦しむことにより知を得た純粋な愚か者」たるパルジファルが打破し、すべてを救済する。簡単に言えばそのような物語なのだが、内容に含まれた思想は深淵にして複雑、解釈の幅の広さはとめどなく、それがまたワーグナー愛好家・研究者の歓びなのだ。
だが、まずは素晴らしい音楽を聴こう。敬虔な前奏曲、守護団の騎士グルネマンツと少年パルジファルが聖杯の城に向かう場面の豪壮な転換の音楽、「聖杯の開帳と愛餐の儀式」の場面での神秘的かつ雄大な合唱、奇蹟が訪れた聖金曜日の朝の慰めに満ちた美しい音楽などをはじめ、聴きどころが無数にある。
「びわ湖ホールのワーグナー」の圧倒的な強みは、沼尻の率いる京都市交響楽団が聴かせる濃密なオーケストラ・サウンドだ。オペラの音楽を壮大に響かせるという点で、京響はわが国屈指の存在である。
歌手陣では、今回は題名役パルジファルのみがダブル・キャストで、ヘルデン(英雄的)テノールの有名なクリスティアン・フランツ(3/3)と、福井敬(3/6)とが歌い分ける。その他の役は2公演共通で、まず聖杯守護騎士団の王アムフォルタスには、これまで同ホールでは大神ヴォータンを歌って貫録を示してきた青山貴。その忠臣グルネマンツには、前年の《ローエングリン》で国王を歌った斉木健詞。また、守護団の壊滅を狙う魔人クリングゾルは世界的なバリトン、ユルゲン・リンで、日本でヴォータンを聴かせたこともあるが、悪役も巧い。老王ティトゥレルは底力のある声の妻屋秀和。そして謎の魔女クンドリを歌うのは田崎尚美で、以前に東京二期会の《パルジファル》でも同役を歌っているので期待充分である。
今回は簡単な演技を入れたセミ・ステージ形式上演。ややこしい演出に惑わされず、音楽そのものにたっぷりと浸ることができよう。
文:東条碩夫
(ぶらあぼ2022年2月号より)
※新型コロナウイルス感染症拡大の影響に伴い、クリスティアン・フランツとユルゲン・リンが来日困難となったため、出演者が変更となりました。
パルジファル役(3月3日):クリスティアン・フランツ → 福井敬
※福井敬は、3月3日・6日両日パルジファル役を務めます。
クリングゾル役:ユルゲン・リン → 友清崇
聖杯の騎士役:友清崇 → 的場正剛*
* びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。(2/4主催者発表)
2022.3/3(木)、3/6(日)各日13:00 びわ湖ホール 大ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/