人気バリトン歌手四人が集結、
ファースト・アルバムについて語りあう
取材・文:宮本明 撮影(取材時):編集部
宮本益光、与那城敬、近藤圭、加耒徹──。日本のオペラ・声楽界の最前線で活躍する4人のバリトンたちだ。甘いマスクとスマートなスタイルも人気の彼らが組んだユニットが、その名もずばり「ハンサム四兄弟」! さる10月22日にはデビュー・アルバム 『HOME』 をリリース。四兄弟に集まってもらった。
声を聴いてもルックスを見ても、「ハンサム」の看板に偽りがないことは明らかだけれど、それを名乗るのにはちょっと勇気が必要な気もする。命名者はまとめ役であり言い出しっぺの宮本益光。
宮本「見た目の形容であるのも否定しませんが(笑)、『ハンサム』 というのがどこか使い古された言葉であることにチャーミングさを求めたというか。『今どきハンサムって言うかいね?』 という人がいたらいいな、それで笑っておくれよ、という。だけど、やっていることは正統的な、歌声のハンサムであるといいよね、という気持ちです」
加耒「これが 『イケメン』 だと、ちょっと浅い感じになってしまいますよね。見た目だけでなく、正統的に音楽をやっているということが伝わればいいなと思います」
与那城「あと、年齢を重ねても、いつまでもハンサムでいられるといいなと。イケメンって、年齢を重ねるとちょっと使いにくい」
近藤「誰からも異論は出なかった、よね」
与那城「異論も何も、気づいたら決まっていたので・・・」
近藤「そう。いきなり 『ハンサムのみなさまへ』 という件名のメールが、事務所から届いたんです(笑)」
気になる兄弟の役まわり
ちなみに長男の宮本以下、実際の年齢順に、次男(3歳下)与那城、三男(5歳下)近藤、四男(4歳下)加耒という兄弟構成。長男と四男がちょうどひとまわりの歳の差だ。彼らが「兄弟」になったのは2018年3月のこと。二期会からコンサートの企画を頼まれた宮本が3人に声をかけた。
宮本「みんな忙しいのに、うまい具合に揃っちゃって(笑)。プライベートで遊んだことはないけれど、私は仕事を通じてみんなの人となりを理解していたつもりで、だからこそ、この人たちとやったら楽しいだろうなと思っていたし、実際にその通りでした」
加耒「私にとってはみなさん雲の上の存在で、大学時代から舞台で見ていた人たちと一緒にコンサートができるんだと、ものすごく興奮しました」
近藤「宮本さんの二期会デビューのドン・ジョヴァンニから見ていて、すごい人だなと思っていましたし、与那城さんは研修所の先輩で、当時からイケメン。加耒君とは2016年に《ナクソス島のアリアドネ》でハルレキンをダブルキャストでやったんです。とんでもないのがいるなと思いました。だから、こんなすごい実力派たちの中で、自分はどういう役割なんだろうなと思っていたら、だいたい三枚目の役割で決まっていたみたいで(笑)」
宮本「けっしてそうじゃないんだけど、拾ってくれるもんだから、ついいじりたくなっちゃう」
加耒「私は絶対に自分がいじられるんだろうと思ってたんですけど、みなさんとても優しいんです」
宮本「四男坊だからみんなに守られてる。私は実際に弟がいるんですけど、本当にその延長みたいな感覚があって、すごく楽しいですね。居心地がいいというか」
与那城「ステージを重ねるたびに、お互いがどんどん尊敬できる相手になっていく感じがして……」
宮本「(与那城さんが)思った以上に天然だったっていうのはあるね(笑)」
与那城「急にその話ですか!」
宮本「あ、ごめんなさい(笑)」
与那城「あ、こんなふうに歌うんだ!というのを聴くと、それを試してみたくなったり、逆に、じゃあ自分は違うやり方をしてみようかなとか。いろいろ考えることができる、とても貴重な時間です」
全員バリトンならではの面白さ
同じバリトンといっても、当然ながらさまざまな声やキャラクターの歌手たちがいて、それぞれにレパートリーも異なるわけだけれど、この4人のレパートリーはかなりかぶっている。ちょうど取材翌週の東京二期会《こうもり》でも宮本と加耒がダブルキャストでファルケ博士を演じているし、同時期の新国立劇場 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 で与那城が演じているナハティガル役も、変則的なダブルキャストで、残念ながら中止になった8月の東京文化会館での同プロダクションでは近藤が歌うはずだった。
宮本「だから自分の歌う曲は他の人もだいたい歌えるし、他の人の歌うものを私も歌える。そうやって全員が歌い合うことができるというのは、とても刺激的ですよね」
加耒「そのうえで、表現はそれぞれ違うので、自分では思いもよらないアプローチを聴いて、ボキャブラリーをどんどん増やすことができるんです。音域もそんなに離れていない4人のはずなのですが、やはり声質が違うというか、人間性が違うというか…」
与那城「人間性が一番大きいかな」
加耒「音楽ってやっぱりそれが出ますよね」
近藤「普段しゃべっているのに近い声で歌うバリトンは、オペラでも人間味のある役が多いし、その人の性格が一番歌に出る声種じゃないかと思います」
加耒「嘘をつけない感じがありますよね」
アルバムタイトルに込められた想い、そして収録曲の魅力
デビュー・アルバムは 『HOME』。勘が鋭い人は気がついているかもしれないが、「ハンサム=HandsOME」という、アナグラム的な言葉遊びの、センスのいいタイトルだ。
宮本「4人の演奏会を何度か経て、本当の血のつながりこそないものの、同じ屋根の下で互いを磨き合うような喜びを感じたものですから、その意味を込めた『HOME』です。しかもうまい具合に『handsome』という単語とも遊べる。これはいいじゃないか、と」
収録されているのは「愛」や「優しさ」がテーマの歌たちで、ソロは各自が2曲ずつ計8曲。それぞれの得意とする1曲と、ちょっと楽しい変化球の1曲というコンセプトで選んだ曲だが、結果としてドイツ語、イタリア語、フランス語、ロシア語、英語、日本語と、言葉の響きの変化にも富んだ歌が並んだ。それぞれの選曲について、四男の加耒から順に紹介してもらった。
加耒 「みなさんが歌曲を歌うので私はオペラ・アリアを。得意どころの 《スペードの女王》 を選ばせてもらいました。ロシアものは大学時代から取り組んでいたのですが、実は与那城さんの 《エフゲニー・オネーギン》(東京二期会・2008年公演)を観たのがきっかけなんです。めちゃめちゃカッコよくて、いつか絶対に歌いたいと思いました。次に二期会で 《オネーギン》 を上演する時には、与那城さんとダブルキャストで演じたいと、強く願っています。
もう1曲は 『ニュー・シネマ・パラダイス』の〈愛のテーマ 〉を。映画が大好きで、毎日なにか観ています。ハンサム四兄弟で映画音楽シリーズがやれたらいいなと、勝手に思っています」
宮本「いいねえ! よし、やろう! どうしよう、俺、寅さんだったら(笑)」
三男の近藤はグリーグと、そして〈マイ・ウェイ〉を歌っている。
近藤「ドイツの愛の歌は内に秘めて直接的に言わない感じがあって、イタリアは対照的に開放的。それらに対して北欧のグリーグは、静かに燃えている暖炉の炎のような愛の語り方で、僕にはしっくりくる気がするんです。〈マイ・ウェイ〉は中学生の頃にみんなで歌ったりしていました。その頃も今も、人生の終わりを迎える気持ちはまだわかりませんが、一生歌っていきたいと思える歌です」
次男・与那城の選んだのはトスティとサティ。
与那城「シンプルな曲にしたいなと思ったんですね。シンプルな曲をどれだけシンプルに歌えるか。でもその中にちゃんと秘めたものがあるように。サティの〈ジュ・トゥ・ヴ〉は女性の歌詞が有名ですが、珍しい男性の歌詞バージョンで歌っています」
加耒「演奏がとんでもなくセクシーですよね(笑)」
与那城「ただゆっくり歌ってるだけだよ」
加耒「ブランデー片手に歌ってる感じ」
そして長男・宮本。シューマンと、自身の詩による信長貴富の歌曲〈春〉を入れた。今さらいうまでもなく、宮本は、歌曲作品にもなっている多くの詩やオペラ台本など、文芸にも秀でる才人だ。
宮本 「〈春〉は直接の恋の歌ではありませんが、季節を想う詩がすごく好きなものですから。合唱ではよく歌われていますが、歌曲版はまだ編曲されたばかりです」
それぞれのソロだけでも十分に聴きごたえがあるものの、やはり4人全員でのアンサンブルが、とても楽しい。
宮本「バリトン四重唱のための曲はありませんから、今後もっと作っていかなければならないのですが、バリトンだけの密集した配置でハモってもどうなんだろうかとか、悩ましいところなんです」
収められた3曲の四重唱曲はいずれも宮本の詩による歌で、〈もしも歌がなかったら〉〈そのうたは〉の2曲は宮本の東京藝大時代からの盟友・加藤昌則の作品。
宮本「〈もしも歌がなかったら〉は、私たちの出会い、お客様との出会いのどちらの意味でも意義深いテーマです。加藤さんが私たち用にアレンジしてくれて、お客さんの評判もすごくいい曲です」
そしてCD最後のトラックに収められた〈私の歌〉は、宮本の作詞作曲。
宮本「合唱団の子どもたちのために作った曲なんですけど、その子たちがこのCDを聴いて、自分たちの歌をお兄さんたちが歌うと、こんな風になるんだ! なんて思ってくれたらいいなと思って」
聴いていて、思わず自分でも口ずさみたくなる、いい歌だ。
宮本「ありがとうございまーす。ほぼ毎日、寝る前に1時間ぐらい作曲するんですよ。ピアノの練習と作曲は習慣です」
加耒「私は宮本さんの他の歌曲も歌わせていただいたんですけど……」
宮本「リサイタルで歌ってくれたんですよ! いい人ぉ〜」
加耒「シンプルなのにすごく深い面がある。ハンサム四兄弟のためのオリジナル曲をもっと作ってくださるとうれしいです」
与那城「先日出演した日本歌曲のコンサートで、ソプラノの方が宮本さんの曲を初演していたんです。その曲も本当に素晴らしくて、お客さんもみんな涙。私も最初に聴いた時、しばらく言葉が出ませんでした。加耒君も言ったように、シンプルなんだけど、大きな愛を感じる懐の深さがあるんですね。気を衒うことなく、歌いやすくメロディック。それなのに新鮮な感覚で聴いていられる」
近藤「益光さんの歌もそうですけど、人間が好き、音楽が好きという愛を感じるので、それが素直に心に沁み込んでくるんだと思います」
宮本「かゆい!」
一同「(笑)」
もちろん彼ら自身も初体験だったバリトンだけのヴォーカル・アンサンブル。結成から3年。CDデビューも果たし、ここまでの手応えを聞いた。
宮本「やっぱりすごい人たちだなあと思います。さっきも誰かが言ってましたけど、自分が歌える曲をみんながどんどん、予想していた以上の迫力で歌うのを聴いて、自分に還元したくなる、試したくなるというのは、これ以上ない刺激です」
与那城「バリトンの四重唱が意外に居心地がいいんです。なんというか、突き刺さるものがなくて、ぬくぬくと温泉に浸かっているような感じ。とてもほっこりした気持ちになります」
加耒「リハーサルをしながら、4人で自由に声部を交代したりできるのも楽しいですね。声質がそれぞれ違うので、伝えたい言葉によって、このメロディは誰がいいと選びながら」
与那城「確かにそうだね。それによってまたちょっと違うサウンドになるしね」
加耒「楽屋からステージに出るときも、切り替えなしで素のままでいける。みんな自由な人たちなので、私もノーストレスで自由にやらせてもらっていて楽しいです」
与那城「楽しいよね。部活動みたいな感じでね」
ちょっと先の話ではあるが、来年6月には銀座・王子ホールで次のコンサートが予定されている。
宮本「さっき映画音楽の話が出たから、あれはちょっとやりたいなあ。映画音楽コーナーと言っておきながら、 『ニュー・シネマ・パラダイス』だけをみんなで1回ずつ歌うとかね」
一同「わはは(笑)」
宮本「最初のコンサートの時、SNSで 『ブラヴォー!』 の代わりに 『ハンサム!』 と声をかけてくださいと告知しておいたら、たくさんのみなさんがやってくださったんです。いまはコロナで客席から声が出せませんが、一日も早くコロナが収束して、またあの掛け声を聞きたいですね」
【Information】
CD『HOME』
ハンサム四兄弟
【宮本益光、与那城敬、近藤圭、加耒徹(以上バリトン)】
髙田恵子(ピアノ)
妙音舎
MYCL00011 ¥2750(税込)
ハンサム四兄弟とびきり甘い夜2022
2022.6/9(木)19:00 王子ホール
バリトン:ハンサム四兄弟(加耒徹、近藤圭、与那城敬、宮本益光)
ピアノ:加藤昌則
2022年1月発売予定
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net
*各メンバーの公演情報は下記ウェブサイトでご確認ください。
宮本益光
https://www.masumitsu-official.com
与那城敬
http://yonashiro-kei.com
近藤圭
https://keikondo.jimdofree.com
加耒徹
https://www.kaku-toru.net