歯切れの良いリズム、推進力のあるグルーヴ感、ジャジーなコード進行、技巧的なパッセージ。ロシアの作曲家ニコライ・カプースチン(1937~2020)の音楽は、ときにクラシック、ときにジャズにカテゴライズされ、ジャンルの境界線上を行き来する存在として注目されて久しい。残念ながら昨年7月にモスクワにて他界したが、生前のカプースチンと交流を続けていた「piaNA」(ピアーナ)が、追悼アルバムとして4手のための作品集『1122』を、BRAVO RECORDSよりリリースする。piaNAは西本夏生(なつき)と佐久間あすかによるピアノデュオ。カプースチンが彼女たちのために書き下ろした2作品が収録されている。
西本「カプースチンのソロ曲をそれぞれレパートリーにしていた私たちですが、4手用の作品を演奏するために2010年に結成しました。カプースチンご本人に実際初めてお会いしたのは2011年。私がスペイン留学中で、あすかがヨーロッパに来る機会も多かったころ、ギリシャの講習会やノルウェーのコンクールに参加する旅の途中で、モスクワへと飛びました」
佐久間「ソビエト時代に建てられた古い団地のエレベーターが開くと、そこにカプースチンがちょこんと立って、出迎えてくれました」
カプースチンが譜めくり!
クラシックともジャズとも見なされることについて、カプースチン本人はどう感じていたのだろうか。自身もジャンル横断的な活動を続けている佐久間は、その質問を本人にぶつけた。
佐久間「真顔でぼそぼそとジョークを言うような方だったので、どのくらい本心なのかはわからなかったけれど、『ジャズではないと思う』と言うんですね。『でも、僕は学校を卒業してから一度もクラシックは弾いていない』とも(笑)」
西本「直接的な物言いをせず、奥ゆかくて優しくて、ククク…と静かに笑う。帰り際『また来るね!』と言ったら『待ってるよ』とかじゃなくて、『いや…モスクワは遠いから…』なんて言う。でも団地の外に出たら奥さんと一緒に窓からのぞいて手を振り続けるみたいな、“田舎のおじいちゃん”のような温かさのある人でした」
演奏を聴いてもらい(譜めくりもしてくれた!)、メールのやりとりを続け、西本はその後も訪問を続けた。そうした交流の中で、カプースチンは彼女たちのために作品を書き下ろした。
西本「最初にお会いしたとき、まだ彼のデュオのための曲は3作(op.30、49、129)しかなくて、『もっと4手のための作品を増やしてほしいです』と伝えたんです。すると翌年、『君たちのための4手の作品が2つもできて、二人に弾いてもらうのを待っているんだよ』とメールが来ました。スペインの練習室でそのメールを開いた時は、どひゃあ!とビックリしましたね。『でも気に入ってくれるかわからないから、君たちの名前を入れようか迷っていて…。誰かに曲を献呈するというときのこの緊張、わかるかい?』とありました。もちろん気に入らないわけがない。その思いと感謝を伝えるために、すぐに私たちはコンサートで世界初演し、その後もブラッシュアップを続けてきました」
彼女たちに“捧げた”2作品
さらに思いを形にすべく進めてきたのが、この2作を含めた4手作品のアルバム制作だ。しかしその完成を待たずして、カプースチンはこの世を去った。
西本「タイトルの『1122』はカプースチンの誕生日にちなんでいます。はからずも追悼アルバムになってしまったけれど、クラウドファンディングによって、カプースチンを大好きな方々と一緒に制作できたことは本当に嬉しい。より多くの方に彼の作品を届け、聴く人も弾く人も増やしていきたい」
2台ピアノ作品「スリー・フォー・トゥー」op.145は“西本夏生&松本あすか*に捧ぐ”とされ、1台で演奏する連弾作品「カプリッチョ」op.146 は“piaNAに捧ぐ”と表記された。
*注:佐久間の旧姓
西本「この違いですが、おそらく2台ピアノ作品は2人のピアニストを意識して、連弾作品は1組のデュオを意識して書かれたのかな、と。晩年の作品は難解なものが多い中、前者は驚くほどにキャッチー。一方、『連弾曲は軽いものが多いからあまり好きではない』と言っていましたが、だからこそ『カプリッチョ』はそのアンチテーゼというか、とても技巧的な曲になっています。コントラストの効いた2曲ですが、セットと言えると思います」
piaNAが10年弾き続けてきた「協奏曲」(ピアノリダクション版)op.30、ラテン・ジャズを取り入れた「“マンテカ”によるパラフレーズ」op.129、キャッチーかつアカデミックな「シンフォニエッタ」op.49も収録。
佐久間「何度演奏しても、気付いていない仕掛けがまだまだありそうな作品ばかりです。声部どうしの繋がりや、コード進行の複雑さ、リズムのヴァリエーションなど、宝探しのように読み取れるものは多いですが、シンプルにかっこいいな、と楽しんでいただきたい。このCDを通じて、ジャンルの垣根を超えて、みなさんの音楽観が豊かになるようなお手伝いができれば嬉しいです」
取材・文:飯田有抄
【CD information】
『1122 ニコライ・カプースチン 4手のためのピアノ作品集』/piaNA
1. スリー・フォー・トゥー~2台ピアノのための3部作 作品145
2. 連弾のためのカプリッチョ 作品146
3. ディジー・ガレスピーの”マンテカ”によるパラフレーズ 作品129
4. 2つの楽章からなる協奏曲(ピアノ連弾版)作品30
5. シンフォニエッタ 作品49
※1,2 世界初録音
piaNA【西本夏生&佐久間あすか】(ピアノ)
BRAVO RECORDS
BRAVO-10002 ¥3300(税込)
2021.7/15(木)発売
Bravo Caféにて7月2日(金)から先行販売START!
【購入特典】先着300名様にpiaNAの直筆サイン入りポストカードをプレゼント!