現役最高齢の巨匠が紡ぐ温かな音
今年で92歳を迎えるイヴリー・ギトリスの存在は、もはや“音楽史の一部”と言い切ってしまってもいいだろう。未曽有の被害をもたらした東日本大震災の発生以来、海外アーティストのキャンセルが続く中、「私は、行かなければ」と直後から何度も来日を重ね、生きる勇気と喜びを与えてくれた現役最高齢のヴァイオリンの巨匠。そのステージは「音楽にとって、本当に必要なものは何か」を教えてくれる。
5歳でヴァイオリンを始め、7歳で早くもステージ・デビュー。名匠ブロニスラフ・フーベルマンに見出されて渡仏し、ジョルジュ・エネスコ、ジャック・ティボー、カール・フレッシュら伝説の名手たちの薫陶を受けたギトリス。優勝を逃した1951年のロン=ティボー国際コンクールでは、これを不服とした聴衆が騒ぎ出し、急きょリサイタルが企画されたとの逸話も。昨年には一年遅れながら、90歳を祝うステージを日本で開き、その人柄が滲む円熟の演奏を聴かせた。
今回の来日リサイタルも、気心の知れたヴァハン・マルディロシアンと共演。孫のような世代ながら、ギトリスが「最高のパートナー」と認め、指揮者としても幅広く活躍するピアノの俊英だ。個々で披露されるのは、ベートーヴェンのソナタ第5番「春」を核として、クライスラー「美しきロスマリン」「愛の悲しみ」やマスネ「タイスの瞑想曲」、パラディス「シシリエンヌ」など小品を配した、親しみやすいプログラム。巨匠のヴァイオリンは、温かな音色で語りかけてくる。
文:笹田和人
(ぶらあぼ2014年5月号から)
★5月6日(火・休)・紀尾井ホール
問:テンポプリモ03-5810-7772
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