外山啓介(ピアノ)

新たな10年に向けての最初のリサイタル、キーワードは“音の情景”

 昨シーズン、デビュー10周年を迎えた外山啓介。節目となった全国ツアーは、また一歩自らを成長させる良い経験になったという。
「実はツアーの前半、結構辛かったんです(笑)。デビュー公演と同じ曲目を多く取り上げたので、当時より良くなっていなくては、という考えに捉われすぎてしまって。ツアーの間、毎回録音をチェックして、ときにはスロー再生で聴きかえし、完璧を目指して自分にプレッシャーをかけるようになっていました。でも途中でふと、客観性を失っている自分に気がついた。気持ちを切り替えてからは、楽しく弾けるようになりました」
 これもデビュー当時よりピアニストとして責任感が増したことの裏返しであるし、なによりいい勉強になったと、前向きに振り返る。こうしてまた、次の10年へのスタートを切った外山が今シーズン取り上げるのは、「音が導き出す情景」をテーマに選んだ楽曲だ。
「前半は、ドビュッシーとベートーヴェンによる、別のアプローチで表現された“月の光”にまつわる作品を選びました。ベートーヴェンのソナタは今後じっくり取り組みたいレパートリー。そして今年がドビュッシー没後100年という機会に、ずっと全曲を演奏したいと思っていた『ベルガマスク組曲』を取り上げます」
 ドビュッシーは、子どもの頃から特に好きな作曲家だという。
「複雑な音楽が展開しても、最後に必ず救われるようなきれいな和声が現れて終わるところが好きなんです。そこにドビュッシーの人間らしさを感じるというか。僕の両親はクラシック音楽には詳しくないけれど、多くのCDを買い与えてくれました。その中で、子どもの頃の僕はジャック・ルヴィエとウェルナー・ハースのドビュッシーが好きでよく聴いていたんです。『喜びの島』など、ルヴィエの録音に間違いなく影響を受けています」
 情景が浮かぶような作品を演奏するにあたって、どんなことを心がけているのだろうか。
「例えばドビュッシーの『月の光』なら、月は太陽と相反するもの、生と死でいえば死の世界に近いので、ペダルを踏み続ける温かい音色よりも、細かく踏みかえて冷たい音色を鳴らすことを意識します。情景をはっきり思い浮かべるというよりは、それぞれの作品に合う音色をどのように鳴らし、弾き分けていくかを考えていますね」
 後半は、「4つの音符による面白い情景」という副題を持つシューマンの「謝肉祭」と、作品中にも登場する“ショパン”を合わせたプログラム。外山はこれまで、シューマンの揺れる心情が描かれたような作品について、「どこに寄りそって良いのかわからない」と苦手に思うことがあったという。しかし最近、その感覚に変化が現れた。
「3年前『謝肉祭』を弾いたときは、キャラクターが変わっていく音楽を感じるままに楽しんで弾きましたが、今はもっと、最初から最後まで一本の線できゅっと結んだまとまりのある演奏をしたいと思うようになりました。あと、シューマンが時折描く、人の心にある美しくない部分にも魅力を感じるようになりましたね。僕も年を重ねたということかもしれません。ただ、未だにつかみどころがないと感じる作品もありますが…(笑)」
 4月から、地元札幌の大学でも専任で講師を務めるようになった。
「これまで、教育に携わりたいという気持ちはそれほど大きくありませんでした。自分がやってきたことに、そこまで自信がなかったからかもしれません。でも最近、僕にしか教えられないこともあるはずだ、それを後進に伝えたいという気持ちが大きくなったのです。演奏活動との両立は大変ですが、やってよかったと思うことばかり。これから中堅といわれる段階に入っていく中、もっと多くのことに挑戦していきたいです」
 インタビューのたびに、ピアニストとしての新しい発見について生き生きと話してくれる外山。弾きたかったプログラムへの挑戦と、教育活動。その両輪が充実することで、またパワーアップして次のシーズンを迎えるのだろう。
取材・文:高坂はる香 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ2018年9月号より)

【Profile】
第73回日本音楽コンクール第1位。東京藝術大学卒業後、ハノーファー音楽演劇大学留学を経て、東京藝術大学大学院を修了。2007年CDデビュー、以降ほぼ毎年CDをリリースし、09年『ラフマニノフ』と13年『展覧会の絵』は『レコード芸術』誌特選盤に選出されている。その繊細で色彩感豊かな独特の音色を持つ演奏は、各方面から高い評価を得ている。17年はデビュー10周年記念ツアーを約20ヵ所で行い、最新CD『マイ・フェイヴァリッツ』をリリースした。18年、第44回「日本ショパン協会賞」受賞。
外山啓介オフィシャルサイト
http://www.keisuke-toyama.com

【Information】
外山啓介 ピアノ・リサイタル「月光&謝肉祭」

ドビュッシー:月の光が降りそそぐテラス、ベルガマスク組曲、喜びの島
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」
ショパン:プレリュード第15番「雨だれ」、ノクターン第8番
シューマン:謝肉祭

2018.9/1(土)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:チケットスペース03-3234-9999
http://www.ints.co.jp/

他公演
2018.9/6(木)北海道/札幌コンサートホールKitara(オフィス・ワン011-612-8696)
9/8(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケット インフォメーション06-6453-6000)
9/22(土)岡山/山陽新聞社「さん太ホール」(岡山音協086-224-6066)

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