昨年10月、開場20周年の新シーズンを《神々の黄昏》で開幕した新国立劇場が5月20日から、開場20周年記念特別公演としてベートーヴェンのオペラ《フィデリオ》(新制作)を上演する。指揮はオペラ芸術監督の飯守泰次郎。フロレスタン役にステファン・グールド、レオノーレ役にリカルダ・メルベートを迎えるが、なんと言っても注目はリヒャルト・ワーグナーの曾孫、現バイロイト音楽祭総監督でもある演出のカタリーナ・ワーグナーに向かう。
新制作ゆえ、どのような舞台になるのかは、制作発表会での彼女の言葉から推測するしかない。
ここでは昨年10月、カタリーナ・ワーグナー、飯守泰次郎、ステファン・グールド、ドラマツルグのダニエル・ウェーバーが登壇しての制作発表会を振り返ってみたい。
(2017.10/12 新国立劇場 Photo:M.Terashi/Tokyo MDE)
べートヴェン唯一のオペラ《フィデリオ》は、正義、愛、自由への解放といったテーマを持ち、欧米では《アイーダ》と並び、大きな節目、重要な記念日に上演されることの多い、伝統ある作品だ。同劇場開場20周年の記念特別公演として、また自身の芸術監督最後の指揮作品となる《フィデリオ》を上演するにあたり飯守は、《フィデリオ》についての想いを次のように語った。
「《フィデリオ》と聞くと身が引き締まる思い。彼の理想主義で最も深い哲学が表現され、人の心に感動をもたらす特別な作品。理想的な夫婦愛で、一番オペラになりにくい題材。身を焦がすような恋、浮気、裏切りが出て来ない、刺激が足りないと言われますが、《フィデリオ》はそれを超越した作品。べートヴェンが生涯追い求めた、自由、平等、博愛という民主主義の土台となる精神が凝縮されています。ワーグナーへと発展していく土台となる、オペラの原点。べートーヴェンの音楽は“古典”と言われていますが、作曲当初はセンセーショナルで革命的な音楽でした」
飯守はカタリーナ・ワーグナーについて「世界のオペラをリードしていく特別な立場にある演出家」と評し、「新国立劇場から世界に発信する《フィデリオ》にふさわしい、カタリーナさんならではの新鮮な舞台を」と期待を寄せる。
新国立劇場とワーグナー家とはこれまでも深い縁があり、1997年の同劇場開場記念公演で上演した《ローエングリン》は、当時のバイロイト祝祭劇場総監督だった故ヴォルフガング・ワーグナーによる演出で上演された。娘であるカタリーナは当時アシスタントとして参加しており、今回《フィデリオ》を演出することで、同劇場にとって初めてとなる親子2代での登場となる。
新国立劇場についての印象を「スタッフ、劇場、お客様が情熱的」と語るカタリーナ。今回のプロダクションについて、「新しい視点を提供したい」と意気込む。
「時代を固定するのではなく、普遍的な、世界中の誰にでも通じるようなものにしたいと思っています。大きなテーマは、どのように認識するかということ。例えば、自由がどのように与えられているのかを考えなければなりません。
自分の環境を認識するその仕方は、人それぞれ違います。同じものを見ても違う認識がでてくるように、レオノーレを男性と認識することを幅広く考えてもよいのではないかと思います。レオノーレについては、我々の試みとしては女性として見せるつもりです。真面目なテーマなので、なぜこの場面で女性が男装するのかをお客様に理解できるようにお見せしたい。ピツァロとフロレスタンとの関係もはっきりと見えてこない訳で、最終的にどちらが勝ったのかが分からないことに我々も注目しています。皆さんが驚く演出になるかもしれません」
カタリーナの言葉をうけてドラマツルグのダニエル・ウェーバーは「演出家にとってチームにとっても大きなチャレンジで、難しい演目」だと語る。
「様々なバージョン、様々な序曲があり、作品の歴史を辿っていくと、最初から成功したわけではありません。今回の上演では、登場人物の関係を洗い直し、面白く、新しく視点を盛り込みたい。このオペラが伝えたい様々な価値はそのままに、ただ作品の中で描かれているシンプルな作品なのかどうかも問いたいと思います」
飯守に「望む最高のフロレスタン」と称されたステファン・グールドは「カタリーナさん演出でダイナミックで素晴らしいものが生まれるのではないかと思う」と舞台への期待を表しながらこう語った。
「《魔弾の射手》と並んで《フィデリオ》は、ワーグナー以前にドイツに大きな影響を与えた重要な作品です。ヨーロッパでデビューした際、そして、新国立劇場では2006年に歌っていて、私にとっては一周してまたたどり着いた役。今回は以前の演出と比べて心理的な部分を追求した舞台になると思いますので楽しみです。フロレスタンをあと何回歌うか、もしかしたら最後になるかもしれません」
【公演情報】
新国立劇場 開場20周年記念特別公演
オペラ《フィデリオ》/ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
2018年5月20日(日)14:00
5月24日(木)14:00
5月27日(日)14:00
5月30日(水)19:00
6月2日(土)14:00
新国立劇場オペラパレス
指揮:飯守泰次郎
演出:カタリーナ・ワーグナー
ドラマツルグ:ダニエル・ウェーバー
美術:マルク・レーラー
衣裳:トーマス・カイザー
照明:クリスティアン・ケメトミュラー
ドン・フェルナンド:黒田 博
ドン・ピツァロ:ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
フロレスタン:ステファン・グールド
レオノーレ:リカルダ・メルベート
ロッコ:妻屋秀和
マルツェリーネ:石橋栄実
ジャキーノ:鈴木 准
囚人1:片寄純也
囚人2:大沼 徹
問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/