ベートーヴェンへの新しいアプローチを聴いてください
5歳で渡独し、ハノーファー国立音楽芸術大学で学んだ河村尚子は、ミュンヘン国際で第2位、クララ・ハスキルでは優勝など、世界的に注目を集めるピアニスト。世界各地での演奏活動に加え、これまでにショパンやシューマン、ラフマニノフのディスクをリリースしてきた。今後の活動の主軸は2年がかりの「べートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト」。全4回シリーズの初回は紀尾井ホールで6月1日に行われる(他4ヵ所でも開催)。プログラムは、「悲愴」や「月光」を含む4曲。
「ベートーヴェンはピアニストが必ず通らなくてはいけない存在ですが、これまでどこか心の底で理解しきれない作曲家でした」
どこか割り切れないままだったベートーヴェンへの想いが大きく変わったのは、出産を経験したことが大きいという。
「子どもを産んだら度胸がついてきたのは大きいですね(笑)。さらに、ベートーヴェンのものすごくコントラストの強い音楽が、自分の中で明確に見えてくるようになりました。どのように演奏したいか、考えても考えてもいろいろな可能性がでてきて、だからこそすごく惹かれるのです。色々な演奏を聴いてきましたが、ベートーヴェンの“驚異さ”、“クレイジーさ”をどこか抑えているような演奏が多い。でも私は楽譜を読み込むうちに“もっと尖ってていいのに”、と思うようになって…。ですからこのプロジェクトを通して、新しいアプローチを皆様に聴いていただきたいですね」
室内楽への取り組みも彼女の中のベートーヴェン像を変化させたという。それを特に大きく感じたのは、筆者が今年の2月に浦安音楽ホールで行われたリサイタルで聴いた「悲愴」の第1楽章であった。
「よく聴く演奏はディミヌエンドになっているだけですよね。ベートーヴェンが望み、冒頭の和音に与えた“fp”を表現するため、タッチやペダリングなどにこだわりました」
4月25日にはショパンの「24の前奏曲」や「幻想ポロネーズ」を収めたCDをリリース。前作のラフマニノフから4年経ってのリリースということで注目が集まる。
「どこで暮らしていても、いつ何が起こるかわからない時代になりました。今私ができること、したいことを音として残せるのがこれらの曲だと思いました。『24の前奏曲』は、私はショパンの“日記”だと思っています。日々感じ取ったことを曲に出しているんじゃないかなと。弾いていくうちに、和声の響かせ方や強弱のコントラストなどを更に重視するようになりましたが、これはベートーヴェンへの取り組みも影響しているかもしれません」
日々進化し続け、固定概念から解き放たれた河村尚子によるベートーヴェンとショパンは、彼らの隠された思いを紐解き、聴き手に伝えてくれるものになるはずだ。
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2018年5月号より)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト Vol.1
2018.6/1(金)19:00 紀尾井ホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
※全国公演の詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://www.japanarts.co.jp/
CD
『ショパン:24の前奏曲&幻想ポロネーズ』
ソニーミュージック
SICC-19009(SACDハイブリッド盤)
¥3000+税
2018.4/25(水)発売