桜井大士(ヴァイオリン)

バッハ無伴奏6曲完奏に挑む

 あらゆるヴァイオリニストにとって“聖書”にも例えられる、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」。全6曲を一日で弾き切る奏者はまだ希少な存在だが、この4月、新たにその6曲完奏の高峰に挑むのが気鋭の俊才、桜井大士である。
 東京芸術大学附属高校から同大学・大学院に学び、修了の2012年からソリスト活動を本格的に開始。幼少期よりメニューインやエネスコのバッハの録音を愛聴し、「幼稚園の文集からヴァイオリニストになりたいと書き続けていました」という桜井。ヴァイオリンとバッハへの愛情は当時から確固としたものだった。
「小学生のときに参加したコンクールでバッハの無伴奏が課題曲になり、『繰り返し(リピート)は省略すること』という規定でしたが、舞台で弾き始めたら“リピートしないとバッハに失礼なのでは”と急に思いはじめ、本当にリピートしてしまって(笑)。当然結果は落選で当時の先生にはひどく怒られましたが、バッハの音楽が何より大切というスタンスはその頃から今までまったく変わりません」
 そんな彼だけに、バッハ無伴奏6曲完奏への意気込みは並大抵ではない。
「すべてが聴きどころと言える最高の傑作集。無伴奏6曲全体を大きなひとつの作品ととらえ、全体像を見通して演奏することが不可欠と考えています。そのため、全6曲を弾くことにこだわりたいし、お客様にひとつの芸術作品として届けたい。また、実は20代最後のリサイタルでもあります。今後も年齢を重ねながらバッハを追究し続けますが、30歳目前のいまだからこそできる表現が必ずあるはずで、このタイミングで実現できて本当に幸せです」
 公演チラシに「“古”の巨匠を彷彿とさせる」とあるが、たしかに表現は濃厚で緩急自在、懐かしさを感じさせる一方、技巧は正確、音色には透明感もある。スタイルにとらわれない、真の“歌心”ある演奏が強みだ。
「最先端の演奏の研究もしてきましたし、それらは吸収しつつも、いざひとりで演奏するとなると、自然と内面から湧き出る、訴えかけるものになるのです。ヴァイオリンは歌の楽器。クラシックもポップスも自分の中で垣根はありませんし、メロディを重視して幅広く取り組んでいきます」
 バンド「エルシエロ2020」でのピアソラ演奏にも情熱を注ぎ、取り組む作曲家はすべて好き、と音楽的視野は広い。とはいえバッハへの思いはやはり格別で、「バッハの楽譜を見ていると、モノクロの譜面からいろんな色彩が浮かびあがり、食事も忘れて夢中になってしまいます」と笑顔で語る桜井。その熱意と覚悟をライヴで見届けたい。
取材・文:林 昌英
(ぶらあぼ 2017年4月号から)

バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ 全曲演奏会
4/16(日)14:00 近江楽堂(東京オペラシティ3F)
問:森音楽事務所03-6434-1371/カンフェティチケットセンター0120-240-540
http://www.mori-music.com/