ジャン=クロード・ペヌティエ最後のリサイタルへ——70年の音楽人生を締めくくる夜

©大窪道治

 長く人生を歩めば、やがて冬がくる。それはただ寒く、枯淡として、寂寞たるものではなく、むしろあたたかく、慈愛に満ち、再生への祈りを蓄えた季節であるかもしれない。

 どう生きるかが問題なのだ。音楽は、その人の生きざまを、まざまざと明かしてしまう。だが、それはなにより、他者の世界に深く向き合うことで拓かれる、謙虚な声明でもある。

 それを、祈りというふうに称えたくなるのは、ジャン=クロード・ペヌティエという人が、正教の聖職者であるからだけではない。かのフランスのピアニストは、高齢をおして、ここ十年ほどたびたび日本を訪れ、その本懐を親密に打ち明けてきた。80歳をまたごうという歩みゆえ、ときには危うさも脆さもあったが、それこそ人間が真率に生き、音楽への愛に心身を捧ぐことの感銘を熱く刻む演奏だった。

 そのペヌティエにとって、いよいよこれが最後の音楽会となる。コンサートに終止符を打つことを決意した彼が、結びの舞台に見据えたのが、親密な響きの活きるTOPPANホールだ。

 プログラムは、ブラームス最晩年のop.118とベートーヴェン最後のソナタop.111の間に、若いショパンのノクターンを2曲はさむ。冒頭に予定されたシューマン最期の「主題と変奏」は、20代終盤に書かれた宝石のような「子供の情景」に変更となった。かくして若さと成熟が結びつけられる。

 リサイタルの翌夕には、「若い音楽家と聴衆のための公開マスタークラス」が開かれる。ペヌティエの心からの音と言葉は、そう遠くない未来への温かな灯となるだろう。

文:青澤隆明

(ぶらあぼ2025年12月号より)

ジャン=クロード・ペヌティエ(ピアノ)リサイタル 
2025.12/4(木)19:00[完売]
若い音楽家と聴衆のための公開マスタークラス
12/5(金)17:30
TOPPANホール
問:TOPPANホールチケットセンター03-5840-2222 
https://www.toppanhall.com


青澤隆明 Takaakira Aosawa

書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
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