
生は死の傍らにある。死は親しく生に寄り添う。孤独のなかで、その色調は熟成される。親しい誰かを亡くす、病や老い、狂気や死の影が自身に迫る。ぎりぎりの地平で、しかし彼は生きぬく。その証を創作の筆に託し、天才は未知の時間を切り進む。
イゴール・レヴィットは当代屈指のピアニストにして、現代社会を果敢に人間的に生き抜こうとする活動的な意志の持ち主である。作曲であれ、演奏であれ、ときには聴取であれ、表現することは生と死を賭したぎりぎりの綱渡りなのだ。その痛切さと真率さが、レヴィットの思惟や演奏に通底する苛烈な精神の佇まいにはある。
ザルツブルク音楽祭を皮切りに、いま彼が弾き継いでいるのが、シューベルトの変ロ長調ソナタ、シューマンの「夜曲」、ショパンのロ短調ソナタという独創的なプログラムだ。シューベルトは病没する年に書いた最後のソナタ。ショパンの第3番は健康状態も悪い上、父を失くした後の作だ。しかし、両者の畢生の大作は、生をまっとうする創造の意志を謳い上げてもいる。
シューマンは28歳のとき、「死者(葬列)の幻想曲」と呼んでいた本作の予感のなか、兄の危篤の知らせを受ける。異様なまでの精神の切迫を感じさせる音楽が綴られた。
1828年、39年、44年へと時を歩む流れだが、時代の推移、個性や様式の差異を超えて、孤独な精神の漂泊が生と死をともに生き切るように凄絶な燃焼をみせるのではないか。レヴィットの鋭敏な感性に触れ、諸作が連なり、未知の相貌を帯びてくるものと期待される。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2025年10月号より)
イゴール・レヴィット ピアノ・リサイタル
2025.11/26(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp
他公演
2025.11/25(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:神奈川芸術協会045-453-5080
https://kanagawa-geikyo.com
2025.11/27(木)19:00 東京建物 Brillia HALL 箕面(箕面市立文化芸能劇場)
問:箕面市メイプル文化財団072-721-2123
https://minoh-bunka.com

青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa

