
J.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は、回遊式の美しい庭園のような傑作だ。アリアから出発、30のさまざまな景色の変化を楽しみ、一巡してアリアに帰る。
この作品を聴かせてくれる音楽家は、随行するガイドのようなものだ。その楽器はチェンバロもあればピアノも、ときには他のものもある。ガイドの語り口や説明のしかたにより、同じ景色がさまざまに違って見える。そのたびに新たな魅力に出会えたり、さらに深く知ることができたりするから、どれほど同じ庭園をめぐっても、飽きることがない。
14年ぶりの来日公演をこの秋に行なうダヴィッド・フレイは、「ゴルトベルク変奏曲」の優れたガイドの一人である。1981年にフランス南部のタルブに生まれ、パリ国立高等音楽院でジャック・ルヴィエに学んだフレイは、早くからバッハをレパートリーの柱としてきた。
そのバッハ演奏は穏やかで、まろやかな響きでやわらかく歌う。「ゴルトベルク変奏曲」の過去の名盤では、才気煥発のグレン・グールドの録音よりも、豊かな温もりをもつヴィルヘルム・ケンプをフレイは好むという。フレイ自身の演奏もまた、ケンプに通じるスタイルだ。
その響きは、モダン・ピアノの豊潤な音色と高い安定性を活用し、各変奏の反復もきちんと行なって、たっぷりとした波動で聴く者を包みこむ。すみだトリフォニーホールの空間で聴くのにふさわしいスケールの「ゴルトベルク変奏曲」になるだろう。
文:山崎浩太郎
トリフォニーホール・グレイト・ピアニスト・シリーズ
《ゴルトベルク変奏曲2025》ダヴィッド・フレイ ピアノ・リサイタル
2025.11/1(土)15:00 すみだトリフォニーホール
曲目
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988
問:トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212
https://www.triphony.com

山崎浩太郎 Kotaro Yamazaki
1963年東京生まれ。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(以上アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。
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