
Shin-ichiro Ikebe / 作曲
Naoto Otomo / 指揮
初演地・金沢と初の高崎で
池辺晋一郎が2011年に初演した10作目のオペラ、泉鏡花(1873〜1939)原作の《高野聖》(台本=小田健也)が11月16日、高崎芸術劇場で初めて上演される。23日には初演地かつ泉の出身地、金沢の金沢歌劇座でも14年ぶりの再演がある。演出は原純、指揮は大友直人。管弦楽は高崎が群馬交響楽団、金沢がオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)。キャストは城宏憲(上人)、冨平安希子(女)、今井俊輔(親仁)らフレッシュな顔ぶれに一新され、坂東玉三郎が語りを担うのも大きな話題だ。池辺と大友に公演への抱負を聞いた。
池辺は「オペラをまだ一作も書いていない学生時代から、泉鏡花の世界がオペラ志向だと考えていました」と打ち明けた。「皆さん、そう思われるようで、私の前には水野修孝さんが《天守物語》、後には香月修さんが《夜叉ヶ池》、千住明さんが《滝の白糸》をオペラ化しています。なかでも《高野聖》は非常にオペラ向きの題材だと考え、過去二作(《秩父晩鐘》《じゅごんの子守唄》)の台本をお願いした小田さんに相談したところ、全く同じ意見をお持ちで、一気に書き上げてくださったのでした」。
大友は《滝の白糸》の初演指揮者だが、《高野聖》は「まだ映像でしか観ていない」という。「泉鏡花は稀代の美文家です。現代の日本人には読みづらいところもありますが、ものすごく心地いいリズム感に引き込まれます。自分としては『オペラ化は難しい』と思うのに、池辺さんが若い頃から『作曲したい』と考えていらしたことに、まず驚きました。《高野聖》ではリアルと異次元、2つの世界が交錯します。オペラの分野でも《オルフェオとエウリディーチェ》はじめ、前例がないわけではありませんが、音楽だけなら抽象の響きで異次元を描けるところ、リアルな視覚を伴う劇場でどのように仕上げていくか。ハードルは、とても高いはずです」といい、これから出会う演出への期待も膨らませる。
演劇への造詣が深い池辺にしてみれば、「異次元のものをリアルに見せるのは確かに大変だけど、能やシェイクスピアには“お化け”がいっぱい出てきます。僕のオペラでも、約半分に異次元の存在が現れました。人間にとって『永遠の謎』の世界であればあるほど、『知りたい』と考える文学や演劇がたくさん生まれるのでしょう」と、ごく当たり前の題材に映るらしい。今回の再演では公演プロデューサーの山田正幸(元OEKゼネラルマネージャー)の発案により歌舞伎女形のレジェンド、坂東玉三郎が語りで加わる。池辺は「若い時代から関わり、玉三郎さんがレディ(夫人)を演じた『マクベス』、デズデモーナを演じた『オセロー』の舞台の音楽も担当しました」と振り返り、自作オペラでのコラボレーションを楽しみにしている(声の出演は高崎が録音、金沢が生出演)。

池辺は再演に当たり、1)長過ぎたと思われる部分のカット、2)上人のアリアの追加、3)上人と女のデュエットの追加——からなる改訂を施し、「全体の長さはいくぶん短くなった」としている。「作曲家として目指したのは、女が登場した瞬間に音楽が変わり、特徴のある主題が鳴り続けるという手法。ヴェルディが《運命の力》で巧みに構築したシステムを手本にしました」と打ち明ける。
大友は《高野聖》を「池辺さんのマスターワーク(傑作)」ととらえる。その理由について、「初演のOEKは室内オーケストラのサイズ。さらに特殊奏法もほとんど使わず、ごく普通の楽器編成で見事に池辺さんの世界を描き切っている点にあります」と語る。
池辺と石川県の関係は深い。能登演劇堂には仲代達矢との縁で1995年から関わり、2004年からはOEKの本拠である石川県立音楽堂の洋楽監督も務めてきた。「僕は演劇的なアプローチでオペラを書いているつもりですが、泉鏡花の原作に音楽を書いたのも芝居が最初でした」。大友も「池辺さんが長年にわたる泉鏡花への想いを胸に精魂こめて書いた魅力的なオペラ、《高野聖》に一人でも多くのお客様が興味を持たれ、劇場に足を運んでくださることを願ってやみません」と期待を寄せた。
取材・文:池田卓夫 写真:編集部
(ぶらあぼ2025年10月号より)
2025年 全国共同制作オペラ《高野聖》
(原作/泉 鏡花)
2025.11/16(日)17:30 高崎芸術劇場
2025.11/23(日・祝)14:00 金沢歌劇座
作曲/池辺晋一郎
演出/原 純
語り/坂東玉三郎(11/16は音声のみの出演)
指揮/大友直人
管弦楽/群馬交響楽団(11/16)、オーケストラ・アンサンブル金沢(11/23)
出演/城 宏憲(上人) 冨平安希子(女) 今井俊輔(親仁) 他
問:高崎芸術劇場チケットセンター027-321-3900(11/16)
金沢芸術創造財団076-223-9898(11/23)
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/
https://www.kanazawa-arts.or.jp

池田卓夫 Takuo Ikeda(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
1988年、日本経済新聞社フランクフルト支局長として、ベルリンの壁崩壊からドイツ統一までを現地より報道。1993年以降は文化部にて音楽担当の編集委員を長く務める。2018年に退職後、フリーランスの音楽ジャーナリストとして活動を開始。『音楽の友』『モーストリー・クラシック』等に記事や批評を執筆する他、演奏会プログラムやCD解説も手掛ける。コンサートやCDのプロデュース、司会・通訳、東京音楽コンクール、大阪国際音楽コンクールなどの審査員も務める。著書に『天国からの演奏家たち』(青林堂)がある。
https://www.iketakuhonpo.com


