
テノール山本耕平の歌には「逞しさ」がある。音色が濃く息遣いが力強いので、声がスムーズに放たれるのだ。今年2月のモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》で騎士ドン・オッターヴィオを演じたとき、悪の象徴ドン・ジョヴァンニに対して山本は「善のシンボル」として輝き、「悪ばかりがのさばってほしくはない」という人々の理念を歌声一つで表した。その姿勢は客席を深く揺さぶったよう。この役で、いつもの倍もの熱狂的な拍手を浴びたからである。
その山本がこの秋、米子と東京で開催されるB→Cシリーズに出演する。まずはプログラミングに驚いた。彼の日ごろとは大きく異なる境地が展開しているからである。例えば、17世紀イングランドのパーセルの耽美な歌曲から20世紀の無調オペラ《ルル》の名場面(鋭い声の技を誇るソプラノ・高橋維が共演という贅沢さ!)。そして、18世紀のバッハの悲痛な「ヨハネ受難曲」から現代人黛敏郎のドイツ語オペラ《金閣寺》の苦悩のモノローグまで…「声の異種格闘技」に2回戦連続で挑むのだろうか?
しかし、山本自身はこう語る「近現代のオペラのテノールは低音から高音まで使いながら演劇的な充実も必要となってくる役も多く、自分がかつてバリトンだったことや器楽奏者だったことがつながっているなと」。なるほど。全ての道のりを活かそうというタフな心構えのもとに彼の今日の芸術性があるのだろう。となれば、「これはもう聴くしかない!」と書くのみ。ステージの成功を信じて。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2025年9月号より)
東京オペラシティ B→C 山本耕平(テノール)
2025.9/27(土)15:00 鳥取/米子市文化ホール メインホール
問:米子市文化ホール0859-35-4171
https://www.yonagobunka.net/culturehall/
10/7(火)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp

岸 純信 Suminobu Kishi
オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。

