札幌から全国へ!hitaru発のオペラ《ドン・ジョヴァンニ》が今だけ500円で視聴可能

園田隆一郎&粟國淳が率いた“オール北海道”のプロジェクト

2025年3月の公演より ©n-foto LLC

 その夜、札幌は雪だった。
 だが劇場の中は限りなく熱かった。

 2025年3月7日、札幌文化芸術劇場 hitaruオペラプロジェクト《ドン・ジョヴァンニ》初日の幕が開いたのだ。それは、札幌発、北海道発のオペラが日本のオペラ界の第一線へと躍り出た、記念すべき一夜だった。

 札幌文化芸術劇場hitaruは、札幌のど真ん中、大通公園のすぐ近くに聳えるモダンな劇場だ。2300席の劇場は3層のバルコニーを持ち、音響抜群。ビルの4階から9階を占めており、ガラス張りのホワイエからは札幌の街並みを見下ろせる。
 開館は2018年。柿落としでは《アイーダ》が上演された。人気演目で正統的な演出とあってたちまち完売になったが、他館との共同制作で、実質的にはレンタルに近かった。ノウハウの蓄積もない状態だったから当然ではあったが、劇場を街に根付かせるためには地元での制作が必須で、それがあって初めて地元の支持も得られるし、劇場として魂が宿る。実際、地方(首都圏以外)でオペラ公演で成功している劇場は、そこをよく理解している。
 hitaruもそれを目指してきた。2021年、地元北海道のアーティストや教育機関、オペラ団体と協力してオペラを自主制作する「hitaruオペラプロジェクト」が立ち上がる。プレ公演の《蝶々夫人》は北海道二期会の協力を得て行われたが、23年にはオペラプロジェクトの制作するシリーズ第一弾として《フィガロの結婚》が上演された。キャスト、合唱などは全てオーディションで選抜し、「オール北海道」チームでの公演で盛況となった。

中央:栗原峻希 ©n-foto LLC

 《ドン・ジョヴァンニ》はそれに続く、オペラプロジェクトシリーズの2作目である。名作路線なのは「札幌ではまだ気軽にオペラ公演に足を運んでくださる人が少ないので、親しみやすい王道の演目を選んでいる」(制作プロデューサーの髙橋秀典氏)から。今回は「オール北海道」に軸足を置きつつ、全国区を視野に入れて、指揮に園田隆一郎、演出に粟國淳という、今の日本のオペラ界を担う人材を迎えた。キャストは北海道にゆかりのあるアーティストを中心にオーディションで選ばれたが、主役には富山県射水市出身の栗原峻希が抜擢される一幕もあった。しかしそれは結果的にプラスに働いたと思う。栗原は本作の成功を受け、ライジングスターとして引っ張りだこになっている。そのような若手を世に送るのも、オペラハウスの使命だ。
 粟國の演出は、「オペラ人口の少ないところだから、王道の演目を正統派の舞台で見せる」狙い通りのもの。設定はモーツァルトと同時代(台本の設定は17世紀だが、この方が親しみやすい)で、レースやベルベットで飾られた歴史的な衣裳が華を添える。舞台いっぱいに大階段が広がり、段差があることによって各人の言動が視覚的にもよくわかるのは嬉しい。プロジェクションマッピングが多用され、モーツァルトが訪れたイタリアや、《ドン・ジョヴァンニ》が初演されたプラハの風景が背景を彩る。プロセニアムには騙し絵の手法で描かれた緞帳が下がり、左上からは死神(髑髏)が成り行きを見守る。そう、このオペラは(騎士長の)「死」で始まり、(ドン・ジョヴァンニの)「死」で終わるオペラなのだ。

©n-foto LLC
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 《ドン・ジョヴァンニ》では、主人公と各登場人物の人間関係が重要だが、粟國はドン・ジョヴァンニを太陽、他の登場人物を惑星になぞらえた。土星のように道徳的なドン・オッターヴィオ、火星のように燃えるドンナ・エルヴィーラ、地球のように明るく逞しいマゼットとツェルリーナ…。ドン・ジョヴァンニを地獄へ連れ去る騎士長は、太陽を覆う月だ。そしてドンナ・アンナは、自分の中の闇を発見する。最後の最後で、アンナとオッターヴィオの婚約者同士が別々の方向へと去り、ツェルリーナとマゼット、そしてレポレッロという庶民たちにスポットが当たるのは、彼らの内面に加えて、この後に訪れるフランス革命を予兆するようにも見えた。

 音楽面でも工夫が見られた。特筆すべきは、レチタティーヴォをノーカットで演奏したことと、指揮の園田の提案で、通奏低音にチェンバロではなくフォルテピアノを用いたこと。レチタティーヴォを全て演奏することで、「歌」とレチタティーヴォがスムーズに連続していることがよくわかり、強弱がつけられるフォルテピアノのおかげでそのレチタティーヴォがとても音楽的なものになった。園田はオーケストラから温かな音色と弾力のあるリズムを引き出し、歌と言葉を支える。音楽の流れがとても自然(に聴こえる)なのは、音楽が言葉(イタリア語)と一体化していることがわかるからだ、と気づいた。

©n-foto LLC
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オーディションで選ばれた期待の若手が躍動

 歌手陣も第一級。主役の栗原は初役だが、イタリア仕込みの明晰な発語と安定した技術に加え、スタイリッシュで堂々とした響きと豪快な演技は「若い貴族」(スコアの記載)ドン・ジョヴァンニにどんぴしゃり。目鼻立ちが濃く、背が高くて舞台映えもする。透明感とコケットを併せ持つ美声に恵まれたツェルリーナ役の髙橋茉椰も有望株。ドンナ・アンナ役 針生美智子のドラマティックな表現、エルヴィーラ役 倉岡陽都美の情熱と真摯さ、レポレッロ役 岡元敦司の人間味、騎士長役 大塚博章の威厳、オッターヴィオ役 荏原孝弥の甘く流麗なレガート、マゼット役 粟野伶惟の若々しさと庶民らしい活気など、それぞれの個性が光った。

 札幌で作られたオペラが全国区の水準を獲得した《ドン・ジョヴァンニ》。嬉しいことに配信がスタートした。それもワンコイン・500円というお手軽料金だ。美しくダイナミックな演出と充実した音楽には、初心者からオペラ好きまで魅了されるはず。美しい劇場の雰囲気ともども、hitaru発オペラの到達点を、ホームシアターでぜひ体験していただきたい。

文:加藤浩子
写真提供:札幌市芸術文化財団

【アーカイブ配信】hitaruオペラプロジェクト モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》

■配信内容
hitaruオペラプロジェクト モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》
2025.3/7(金)公演(全2幕、イタリア語上演、日本語字幕付)

■視聴プラットフォーム
HTB onライン劇場

■配信期間
2025.6/22(日)10:00~8/31(日)23:59

■視聴期間
購入時から15日間視聴可能

■視聴料(税込)
500円【オペラデビュー応援特別価格】
*クレジット決済のみ