
2019年の初演が話題となった粟國淳演出の藤原歌劇団《ラ・トラヴィアータ 〜椿姫〜》が、この9月、藤原歌劇団と新国立劇場・東京二期会の共催により再演の運びとなった。3日間の公演で、ヴィオレッタはそれぞれ3人のソプラノが歌う。そのひとり、森野美咲はウィーンを拠点に国際的な活躍を展開する新時代の歌手だ。
「2022年にバーデン市立歌劇場でヴィオレッタを歌ってから、またこの役に挑戦したいと考えていました。2019年の舞台はすでにウィーン在住だったため観られなかったのですが、藤原歌劇団の非常に力の入ったプロダクションであり、今回の再演にあたってぜひ出演したいと思いオーディションを受けました」
中学生の頃から声楽の勉強をスタートし、20代の頃は主にモーツァルトのスーブレット(小間使い)役を歌ってきた森野がヴィオレッタのアリアに挑戦したのは30歳になってから。特別な思い入れがある役だ。
「ヴィオレッタは高級娼婦という身分ではありましたが、自分の仕事に信念と誇りを持っていました。また第3幕では死の床にありながら、より貧しい人に目を向け、自分の財産を分け与えるという自己犠牲を払います。一方で、幼い頃から孤独だった彼女は、“ただ一人を愛し愛される”ことや家族を持つことへの憧れを抱いていて、アルフレードとの出会いは、そんな彼女に人並みの女性としての幸せへの希望を与えたのではないでしょうか。そしてそれは、キャリアを追求する現代女性が抱える、平穏な日常や愛する人との穏やかな暮らしへの憧れ、内面の孤独や切なさと共通する点があると思います」
ヨーロッパで仕事をしていると、「日本人」ということが必要以上に強調されがちだが、ピアニストやヴァイオリニストが西洋音楽を演奏する際に国籍を問われないのと同様に、歌手も本来は同じであると森野はいう。
「母語や発声の違いを乗り越えるために過剰なエネルギーを費やすのではなく、最終的にはお客様が“ヴィオレッタを観た”と感じてくださることが歌手の目指すべき地点であり、役としての表現に全力を注ぐべきだと考えています」
今回指揮をするフランス在住の阿部加奈子とは、昨年末の「オペラ歌手紅白対抗歌合戦」で共演して以来、共に欧州で仕事をする同志として連絡を取り合っているそう。「阿部マエストラの目指すヴェルディの音楽像と自身の声や身体がどのような化学反応を起こし、どのようなヴィオレッタが生まれてくるのかをとても楽しみにしています」と意欲を示す森野。今回の《ラ・トラヴィアータ》が彼女にとっても、そして私たち聴衆にとっても「特別な一日」になるのは間違いない。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2025年8月号より)
藤原歌劇団《ラ・トラヴィアータ〜椿姫〜》全3幕(字幕付き原語・イタリア語上演)
2025.9/5(金)、9/6(土)、9/7(日)各日14:00 新国立劇場オペラパレス
問:日本オペラ振興会チケットセンター044-819-5550
https://www.jof.or.jp
※森野美咲は9月7日に出演。配役などの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

室田尚子 Naoko Murota
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京科学大学・昭和音楽大学非常勤講師。NHK-FM「オペラ・ファンタスティカ」レギュラー・パーソナリティ。オペラを中心にアーティストのインタビューや演奏会の紹介記事、エッセイなどを手がけるほか、ミュージカル、ロック、少女漫画などのジャンルでも執筆活動を行なっている。著書に『オペラの館がお待ちかね』(清流出版)、共著に『ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』(青弓社)など。

