浜松国際ピアノコンクールの覇者、鈴木愛美が10月のリサイタルでシューベルトとフォーレを

©井村重人

 2024年11月、浜松国際ピアノコンクールで日本人初優勝という快挙を成し遂げた鈴木愛美が、東京オペラシティ コンサートホールでリサイタルを開催する。受賞してから都内の大規模ホールでは初となるリサイタルは、シューベルトとフォーレにフォーカスしたプログラムで臨む。

 「優勝後初という節目のステージですので、曲目を決めるのに時間はかかりましたが、シューベルトのソナタ第18番『幻想』を最初に決めました。この1年あまり、ずっと私のそばにあり、一緒に歩んできた作品なのです」

 浜松での優勝に先立ち、鈴木は2023年ピティナ特級グランプリ、日本音楽コンクール第1位を受賞。この3つのコンクールのそれぞれに重要なステージで、鈴木はこのソナタ第18番を弾き続けてきたのだ。演奏に35分ほどを要する大作であり、内省的なソナタである。

 「精神的にも身体的にも、自分を削って弾いていく感覚はあります。ただその美しさに、どのステージでも夢中になって演奏してきました。今回は私の演奏を初めて聴きに来られる方も多いと思いますので、改めて自分にとって特別なこのソナタを、後半で演奏したいと思います」

静寂に耳を傾ける

 前半はシューベルトの「高雅なワルツ集」で幕を開ける。「会場と私とピアノとが一体になれる作品として選びました。シューベルトの即興的で楽しい側面が感じられるワルツ集です。“シューベルティアーデ”の集いを想像していただけたらと思います」

 そこからフォーレを3作続ける。「主題と変奏」嬰ハ短調 op.73、ノクターン第6番変ニ長調、そしてコンクールでも演奏してきたワルツ・カプリス第2番変ニ長調である。

 「この3曲は、実は調性のつながりを意識しています。音が高く立ちのぼるようなフォーレの音楽には、精神が解放される瞬間があり、独自のハーモニーやみずみずしさに魅力があります。シューベルトとは全く違った世界ですから、この二人を並べたプログラムというのは、あまり見たことがありません。ただ、どちらも、静寂から音楽が生まれ、そしてまた静寂へと帰っていくような美しさがあります。一見地味なプログラムかもしれませんが、今の私が興味を抱く方向へと全振りした内容です」

コンクールも自然体で

 コンクールの連続優勝は、鈴木自身は「思ってもみなかったこと」と振り返る。

 「どのコンクールでもラウンドごとの演奏だけに集中し、ただ必死に曲の本質に近づきたい思いで弾き続けました。本番に対する意識は、コンクールでもコンサートでも差はありません。その場所、そのピアノ、その時の自分のアイディアによって、演奏は自然と変わります。あまり先のことは考えず、目の前のことに集中するタイプですね」

 意外にも、中学・高校時代までは人前に出るのが嫌いで、「頭が真っ白になってしまい、ステージで弾くのが嫌いだった」という。

 「シューベルトの作品のように、特別な世界に入っていける作品と出会ってから変わり、ホールの響きの美しさや、聴衆の皆さんの集中度も感じられるようになって、それらが力となっています」

 明確な目標や理想とする演奏家像も持ってない。

 「ただ日々勉強して、自分が心から愛している作品に近づけたと思う瞬間が、一回でも多く、一秒でも長く続けばいいなと思っています」

 今この瞬間に全身全霊で向き合う鈴木愛美。彼女のカラフルで瑞々しい音楽が、東京オペラシティのステージでどのように花開くのか、大いに期待したい。

取材・文:飯田有抄

(ぶらあぼ2025年7月号より)

鈴木愛美 ピアノ・リサイタル
2025.10/31(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
https://www.japanarts.co.jp


飯田有抄 Arisa Iida(クラシック音楽ファシリテーター)

音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆、市民講座講師、音楽イベントの司会等に従事する。著書に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」「クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。