小林沙羅 ソプラノ・リサイタル—偉人たちが手紙に込めた“愛”を歌う

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 カップルの愛のカタチは様々で、結ばれたいと願う若者同士は勿論、秘めたる恋に身を焦がす大人の関係もある。人気のソプラノ小林沙羅が今回取り組むのは、そうした男女の「真摯な関係性」を、遺された手紙をもとに歌で解き明かそうというもの。抱負を詳しく語ってもらった。

 「東京文化会館小ホールで久しぶりに歌います。新作ものとして、リサイタルの後半は、三枝成彰先生の男声合唱組曲『愛の手紙〜恋文』からの2曲を独唱版で歌わせていただきます。一つは〈伊藤野枝と大杉栄の往復書簡〉、もう一つが〈マリー・アントワネットとフェルセン伯爵の往復書簡〉です」

 えっ?マリー・アントワネットはまだしも、伊藤野枝の名前が出るのは驚きかも。

 「実は、私の祖母がその時代には珍しい『働く女性』でして、女性解放運動の現場にも居た人なので、私にもその影響が強いんです。伊藤野枝はいろんな殻を破って自由に生きた人。手紙の中でも恋する女性として無茶苦茶なことは言っていないけれど、ちょっとした嫉妬心や不貞腐れが出ていて面白いです。大杉さんは会いたいとストレートに言うのに、伊藤さんの言葉には『本当に素直じゃないな、この人』と思わされます(笑)。でも、そこが可愛くもありますね。女性なら皆、そういう部分があるのではないでしょうか?」

 なるほど。ではマリー・アントワネットは?

 「彼女がフェルセン伯爵に送った手紙は、かなり赤裸々な内容ですね。亡くなってから2年後に相手に届いたなんて凄いと思いませんか。最後に何を伝えたいかと考えた結果、嘘偽りのないこの文面になったのでしょう。死ぬ前に本物の気持ちを届けたかったのだと思います」

 なお、前半ではロベルト・シューマンとクララ・シューマンの歌曲の名作群を披露。後半とも共通する構成のもと、まずは手紙を俳優・北村有起哉が朗読し、その内容に関連するリートを小林が歌い上げ、福間洸太朗のピアノが伴奏する。

 「シューマンが本当に好きなので、彼のリートを妻のクララの作と対話風に配置しました。クララは病身の夫を支え、子だくさん一家の大黒柱として生き、同時代の作曲家たちに与えた影響も非常に大きく、信じられないほど素晴らしいスーパーウーマンと思います。北村さんとは子どもの頃から、日本舞踊のお稽古でずっとご一緒している『憧れのお兄さん』です。何しろ、声の良い方ですよね。福間さんは同じ高校の一年先輩です。音楽祭でピアノを弾かれたときに、場内が一瞬でシーンとなったことが忘れられません」

 まさに人の縁に恵まれたステージ。大きな期待を寄せてみたい。
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2025年5月号より)

小林沙羅 ソプラノ・リサイタル “愛を歌う”
2025.5/14(水)19:00 東京文化会館(小)
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
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