
「曲芸演奏」に「踊り吹き」!
唯一無二のエンタメバンドは小編成の星になる
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
神奈川県川崎市の大西学園中高等学校吹奏楽部は、唯一無二の演奏スタイルを持つバンドだ。
もっとも特徴的なのは「曲芸演奏」。なんと一輪車に乗ったり、ダブルダッチ(交互に回転する2本の大縄跳びを複数人で跳ぶ)をしたり、フラフープを回したりしながら演奏するのだ。
大きく体を動かすと、管楽器は口元のアンブシュアが崩れてしまったり運指ができなくなったりしそうなものだが、大西学園の「曲芸演奏」は曲芸をしながらもきちんと演奏できているところがすごい。

また、「踊り吹き」も名物だ。これは北海道で盛んな「ダンプレ」に近いもので、〈フレンド・ライク・ミー〉〈シング・シング・シング〉〈おどるポンポコリン〉などを演奏しながら激しいダンスをおこなう。〈シング・シング・シング〉は京都橘高校吹奏楽部の振り付けを元にした、京都橘公認のパフォーマンスだ。
いずれにしても、演奏と激しい動きの両立が大西学園の特徴である(もちろん、通常の座奏もする)。
これまで全国各地で数百のバンドを取材してきた筆者から見ても、大西学園の独創的なスタイルは他に類を見ない特別なものだ。

大西学園の演奏スタイルは、「吹奏楽を知らない一般のお客さんにも楽しんでもらえるものを」という思いから顧問の吉川勇児先生が編みだした。
2024年度の部長を務めた打楽器担当の栗原万織(まお)(2025年3月末の取材時点で3年生。現在は大学に進学)はこう語る。
「体を動かすのが好きだったので、マーチングをやっている大西学園に入りました。でも、曲芸演奏や踊り吹きのことは知らなくて。最初に聞いたときは『えっ、マジか⁉』と驚きました。フラフープも回せなかった自分には出る幕はないかなと思いましたが、3年間続けているとすっかり当たり前のことになってしまいました。踊り吹きも最初は壁にぶつかって苦労するものの、コツをつかむとそれをフワッと乗り越えられて。私の場合、先輩と同じように動けるよう、鏡の前で練習をしているうちにコツがつかめました」
吹奏楽部に集まってくるのは決して運動が得意な生徒ばかりではないが、やっていくうちにみんな数カ月でできるようになるという。高校生の持つポテンシャル、そして、若さのなせる業だろう。

一方、万織の後を継いで2025年度の部長となった坂野あすか(取材時点で2年生/打楽器担当)は言う。
「私は姉が大西学園の吹奏楽部にいたので、演奏スタイルは知っていました。打楽器なので、管楽器に比べるとフラフープを回すのは簡単でしたけど、苦手なダブルダッチに苦労しました。最初は縄に引っかかりすぎて落ち込みましたが、『絶対やってやる!』というマインドで克服しました」
曲芸演奏や踊り吹きを取り入れる上で、吉川先生には確固たるポリシーがある。理想は、目をつぶると座奏に聞こえるような演奏であること。演奏がないがしろにされるようなパフォーマンスには意味はない。あくまで「音楽」であることが第一だ。
「先生に『ちゃんと演奏できないなら、止まって吹けば?』と言われないように、みんなで頑張って練習しています」
あすかは言う。吉川先生のポリシーは部員たちにもしっかり浸透しているのだ。

2024年度の大西学園は、各種の大会で結果も残してきた。
吹奏楽コンクールでは18人で地区大会、神奈川県大会を突破し、東関東大会B部門(小編成)に出場。自由曲〈ウィンドオーケストラのためのムーブメントII「サバンナ」〉(石原忠興)を演奏し、金賞を受賞した。
B部門は30人まで出場できるので、その中でも大西学園は人数が少ないほうだったが、最上位大会である東日本学校吹奏楽大会(東日本大会)出場まであと一歩と迫る結果だった。万織は言う。
「金賞をもらえたのは嬉しかったです。ただ、上の東日本大会に出られる代表は3校。表彰式の後、僅差で代表を逃したことがわかり、『くっそー!』とみんなで悔しがりました」
続くマーチングコンテストでも大西学園は東関東大会に出場した。
こちらは最大81人まで参加できるA部門。習志野高校や市立柏高校などの全国大会常連の強豪バンドも出場する大会に大西学園は22人で参加。堂々の銀賞を受賞した。
ドラムメジャー(マーチングの指揮者)を務めたあすかはこう振り返る。
「プログラム順で大人数の学校の間に私たちがポツンといる感じで、差がすごかったです。でも、少数で挑戦しているからこそ大西学園はオンリーワンだし、広いスペースで動き放題。一人ひとりの役割も大きいので、『自分はここにいていいんだ。自分の存在も大事なんだ』と実感しながらマーチングができます。それが良い結果につながったと思います」

実は、マーチングコンテストの予選が始まる前に、部長の万織が大けがを負うという事件もあった。万織は言う。
「大会が始まる2カ月前、球技大会の練習中でガチりすぎて足首を骨折してしまったんです。さぁ、これから、というタイミングだったので、『終わった。私、出られないんだ……』と絶望しました」
あすかは「骨折したと聞いたときは『先輩、何やってんですか……』って思いました(笑)。でも、いつも元気な先輩らしいな」と笑った。しかし、当時は部のリーダーの離脱は部員たちに少なからず不安を与えたことだろう。なにせ22人しかいないのだ。
だが、回復の早さも手伝い、骨折から1ヵ月ほどで万織は練習に復帰。サポーターをしながらマーチングに参加し、上位大会進出の原動力になった。
「東関東大会のときには完治していました。私はスネアを担当していたんですけど、少人数ということもあって、フロア上でかなりの距離を大きな歩幅で移動します。大変ではありましたが、見ている人に『あの人、すごい!』と思われるに違いないので、やりがいを感じていました」
マーチングは人数が多いほど音にも動きにも迫力が出る。一般的に、座奏以上に大人数バンドにアドバンテージがあると考えられているのがマーチングだ。しかし、大西学園は少ないメンバーでも充分アピールできることを証明したのだった。

極めつけは、今年1月に開催された全日本ブラスシンフォニーコンクールだ。
75人まで出場できる全国大会に大西学園は18人でエントリー。全国大会常連校も出場する中、曲芸演奏(フラフープ)や踊り吹きを取り入れた4曲を披露し、なんと最高賞であるグランプリ・文部科学大臣賞に輝いたのだ。万織はこう語る。
「客席から『えーっ、すごい!』と言う声が聞こえましたし、審査員の講評にも『びっくりした』と書かれていました。まさかグランプリをもらえるとは思っていなかったので驚きました。ただ、よく『少人数なのに』とか『少なくて大変そう』と言われますけど、私たちは数なんか関係ないと思っています。むしろ、少人数のほうが一人ひとりがちゃんと演奏し、気を遣えていることを伝えられるんじゃないかと思っています。大会のインタビューでも人数が少ないことについて聞かれたので、『大したことないですよ』と答えたんですけど、それは本心です」

あすかもこう言う。
「いつも『少人数でやっている自分たちってカッコいいな』と思っているんです。一人ひとりが力を発揮できれば、数には負けないとみんな信じています」
少子化の影響もあり、部員数の減少に悩む吹奏楽部も多いだろう。そんな中、大西学園は「小編成の希望の星」になりつつある。
最後にあすかがこんなことを語ってくれた。
「少人数バンドの先駆けになりたい。少なくてもすごいことができるんだよ、楽しいんだよ、ということを全国に向けて発信していかれたらと思っています」
吹奏楽の持つ懐の深さ、機動性、多様性を生かし、「小編成は不利」という常識にとらわれずに活動する大西学園。今後の活躍ぶりに要注目だ。

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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