上原彩子のベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会 第2回はエネルギー溢れる初期作品

©Akira Muto

 上原彩子は第12回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門で第1位を獲得し、その後も、多彩なレパートリーで常に第一線で活躍し続けているピアニストである。2022年にはデビュー20周年を迎えたが、現在は早くも“30周年”に向け、24年から8年がかりでベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏という一大プロジェクトに挑んでいる。昨年3月には第1回を成功させたところだ。

 「もともとベートーヴェンの作品を演奏する際は、シューマンやリストなどのロマン派の作品と組み合わせることが多く、ベートーヴェンは“前菜”のような位置づけになっていました。このシリーズでは1公演がすべてベートーヴェンとなるので、彼の作品を通して、より多くの音色をお届けできるようにと思いながら研究しているところです」

 プログラムは作品の成立順という構成。3月に行われる第2回では第4番から第7番までが演奏される。

 「様々なプログラミングの仕方がありますが、あえて成立順にしたのは、彼がどのように成長を遂げていったのかを追っていきたい、という想いがあったからです。実際に楽曲を順番に見ていくことで、本当にどの曲も個性が際立っていて、似たものが全くないということに改めて驚かされました。

 第4番は初期とは思えないほどスケールの大きな作品ですね。そのなかで技術、書法ともに様々な創意工夫が詰まっていて、若き頃の野心を感じさせます。第5番はコンパクトですが、ベートーヴェンの好んだハ短調によるドラマ性のある作品ですし、第6番は軽やかさのなかに推進力を感じ、弾いていてとても楽しい曲です。そして第7番はとくに第1楽章から第2楽章への明から暗の移り変わりが魅力的で、また難しさを感じるところでもあります。第2楽章は音数こそ多くないですが、後期作品にも通じる内容の深さがありますね」

 今回のシリーズに取り組むにあたり、上原は複数のエディションを検討しながら練習を重ねている。

 「改めて楽譜を見ていくと、以前弾いた時には見落としていた細かなイントネーションや強弱のつけ方など、作曲家の細かいこだわりに気づかされます。それをどうやって音にしていくかはかなり悩みますし難しいところでもあるのですが、フレーズの終わり方などを以前よりも意識するようになりました。また、鍵盤から離れて楽譜を読むことで楽曲に対して新鮮な気持ちで取り組むこともでき、とてもいい時間を過ごせています」

 実は上原はベートーヴェンに対してこれまで苦手意識があったという。しかし改めて向き合うことで少しずつその想いも変化してきたそうだ。

 「もちろん様々な難しさに悩んだりもするのですが、いままで使っていなかったテクニックを使えるようになるなど、自分の中での引き出しが増えてきているのを感じます。また、音の聴き方も変わってきました。和音の響きのバランスの取り方などもロマン派以降の作品とはまた違うので、耳も開かれてきた感覚があります」

 1月25日には協奏曲第1番を弾くなど、2025年はベートーヴェンに向き合いつつ、他の作曲家の作品にも積極的に取り組んでいくという上原。これからも進化し続ける彼女の活躍に注目したい。
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2025年2月号より)

上原彩子 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会 Vol.2
2025.3/8(土)14:00 東京文化会館(小)
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp