最弱音にあっても、すーっと伸びてゆく音。強奏にあって潰れず、構成音がすべて耳に届くコード。粒立ち良く、しかし各々の音が均一ではなく、個性を持って生かされている細かなフレーズ…。オリジナルのJ.B.シュトライヒャー(1845年、ウィーン)を弾く小倉貴久子のベートーヴェン後期三大ソナタの録音は、時代ごとのフォルテピアノの特性を知り尽くしている彼女ならでは。楽器をいたわり、愛でつつも、最適な打鍵とテンポ、フレージングで、その能力と魅力を最大限に引き出す。モダン・ピアノでは表現できぬ、奥深い響きの世界。知らなかった楽聖像が、ここにある。
文:寺西肇
(ぶらあぼ2023年3月号より)
【information】
CD『nuovo vivente ベートーヴェン:クラヴィーア・ソナタ 作品109・110・111/小倉貴久子』
ベートーヴェン:クラヴィーア・ソナタ ホ長調 op.109、同変イ長調 op.110、同ハ短調 op.111
小倉貴久子(フォルテピアノ)
コジマ録音
ALCD-1216 ¥3300(税込)