作品の真意に迫り、新たな魅力に触れる時
ヴァレリー・アファナシエフは、完全に作曲家と一体化した時点で演奏を世に送り出す。
「私は聴いてくださる方の心の奥深くへ届く音楽を演奏したいのです。表面的な演奏や、自分の存在を前面に押し出す演奏は好きではありません。作曲家に敬意を表し、作品の真意に迫り、その魅力を聴き手に届けたいのです」
長年シューベルトを弾き続け、その個性的で濃密な自己表現を込めた演奏は聴き手に強い印象をもたらしているが、今回の「TIME 第2年」にはブラームスが加わった。
「私はシューベルトやブラームスの作品に潜む孤独と沈黙を愛しています。彼らはプライベートな王国を築いた。その王国に入り込み、そこで感じた私の心の叫びを演奏に託したい」
彼の演奏は聴き手を幻想の世界へといざない、すべては静謐で内省的なモノローグのような音楽と化す。ゆったりしたテンポ、深い思考に根差した解釈、哲学的な表現などいずれも特有の世界で、これまで聴いた演奏とは異なる趣を備え、強烈な存在感を放つ。
「いま、とても精神が自由で、新たな作品との邂逅が楽しくてたまらない。その精神の充実を文章でも表現したい。これまで戯曲や小説などを綴り、舞台では作曲家になったつもりで演奏してきましたが、多岐に渡る表現は自分の魂の欲求で、ごく自然なものです」
アファナシエフのピアノは雄弁でありながら、随所に静寂が宿る。作品に新たな息吹を吹き込む斬新な演奏は心奥に深く刻み込まれる。
文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2022年11月号より)
2022.11/29(火)19:00 王子ホール
問:王子ホールチケットセンター03-3567-9990
https://www.ojihall.jp