不思議な作品群だ。いわゆる歌曲ではないし、朗読とも違う。旋律は言葉の韻律に道を譲るが、語りとなる手前で踏みとどまり音楽らしき流れを作る。聲は失われたようでも、失われていないようでもある。ピアノが点描風に彩る中、それは病床の詩人の老境を絡めとり(夏草に蓋われた引込線 夕星—T.Mに)、俳句のリズムを溶解させ(水村紀行八句)、昭和初期のシュールなモダニズムと戯れる(海の花嫁)。夭逝の詩人・左川ちかのポエジーを、若き三善晃は音とスパークさせドラマティックな歌曲に仕立てたが、高橋はその先鋭さを解毒し、脱力させてしまうのだ。仙人のような老獪さで。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2022年4月号より)
【information】
CD『高橋悠治作品集 失われた聲/肥後幹子+高橋悠治』
高橋悠治:雪雲色の鳩、夏草に蓋われた引込線 夕星(ゆうずつ)―T.Mに、アネモネ 薄みどりの朝の光をあびて りすさん!りすさん!、左川ちか小詩集「海の花嫁」、水村紀行八句、精霊たちの浜辺
肥後幹子(ソプラノ)
高橋悠治(ピアノ)
コジマ録音
ALCD-132 ¥3080(税込)