黒川実咲(チェロ)

“マエストロ小澤体験”を共有する音楽家が奇跡のサウンドを生み出す

C)井村重人

 日本だけでなく世界中の音楽ファンが待ち望んでいるのが、小澤征爾が元気に指揮をする姿であろう。本番に出演する機会は著しく減ってしまったが、それでも体調が許す限り熱心に続けているのが「小澤征爾音楽塾」に代表される教育活動である。今年は恒例のオペラ・プロジェクトの代わりに特別公演を実施。塾生やOB・OG、講師陣から構成される小澤征爾音楽塾オーケストラには世代を超えた豪華な顔ぶれが揃う。指揮はN響にも客演するディエゴ・マテウス(ドゥダメルの後輩!)が務め、リハーサルには音楽監督として小澤も立ち会う予定だ。

「小澤先生がその場にいるだけで、自分から出る音がぜんぜん違うんです!」
 そう熱く語るのは、これまで何度となく音楽塾などで小澤の指揮に接し、3月の公演にも参加する若手チェリスト、黒川実咲(東京フィルのフォアシュピーラー)だ。

「以前、小澤先生の指揮でショスタコーヴィチの8番の四重奏を弦楽合奏(※バルシャイ編の室内交響曲)で演奏したのですが、そのあとに自分たちのクァルテット4人だけで演奏した時にも合奏のような凄い音が出るんですよ…。先生と演奏した時の音が染み付いちゃっているので、気づいたらそういうサウンドになってしまうんです!」

 この音楽塾が立ち上がった2000年以降、多くの若手音楽家がこうした得難い経験をしてきたに違いない。黒川も今の自分があるのは、塾での体験が大きいという。

「かつては自分が中心となる独奏曲ばかりが好きだったのですが、音楽塾に参加したことでオペラやシンフォニーってこんなにも素晴らしいのかと衝撃を受けました。だからこそ今はオペラやバレエの公演も多い東京フィルで日々、今度はどんな舞台に乗れるんだろうってワクワクしてるんです」

 ソリスト志望だった優秀な若手たちが小澤から薫陶を受けることで、世代交代が進むオーケストラの新たなメンバーとなっているようだ。また、黒川は人生最大の感動体験をこう語る。

「先生はお年を召された現在も、音楽に対してどこまでも純粋なんですね。とてもフレンドリーで、誰でも年齢に関係なく同じ音楽家として話してくださります。だからこそオケのメンバーが一体となって、信じられないような音が鳴り出すのです。2年前に演奏した時には、今まで味わったことのない感覚に、私自身、涙も鼻水も止まらなくなり、他の皆も号泣していました。いま思い出すだけでも泣けてきますね…」

 小澤と若い音楽家たちの邂逅によって、人生観が変わるほどの音楽が生み出されている。今回の特別公演もそうした場になること間違いなし。マエストロからの信頼も厚いマテウスがタクトを執るプログラムは、チャイコフスキーの弦楽セレナード、ベートーヴェンの交響曲第1番ほか。ライブ配信も行われる。指揮台には不在でもホールに鳴り響く、“小澤サウンド”を聴き逃がすな!
取材・文:小室敬幸
(ぶらあぼ2021年3月号より)

*新型コロナウイルス感染症に係る入国制限により、指揮者のディエゴ・マテウスが来日できなくなったため、代わって宮本文昭が出演いたします。
また指揮者変更に伴い、プログラムの一部が変更になりました。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

小澤征爾音楽塾 特別公演 2021 【配信あり】
2021.3/23(火)19:00 東京文化会館
2/20(土)発売
問:ヴェローザ・ジャパン03-6411-5445
https://ozawa-musicacademy.com
https://tiget.net/tours/ongakujuku(ライブ配信)