音楽の揺るぎなく信じられる力、そして祈りを込めて
これまでにリリースしたCDがどれも高い評価を得ているギタリスト河野智美のニュー・アルバムは「アランフェス協奏曲」に「ある貴紳のための幻想曲」という協奏曲2曲のカップリング。今年1月のサントリーホールでのライブ録音だ。
「コロナの影響が出る直前でした。オーケストラはもちろん、協力してくださったみなさんと心をひとつにして実現できたステージで、その空気感が音楽にも出ていると思います。この半年で世の中の価値観は大きく変わってしまいましたが、その時の気持ちは変わりたくない、忘れたくない、そんな熱い思いをぜひ聴いてください」
ギタリストにとってもスリル満点で挑戦しがいがあると語る「アランフェス協奏曲」だが、じつはそれ以上に、ずっと魅了されてきたというのが「ある貴紳のための幻想曲」。
「とても癒されます。元になっている17世紀のガスパル・サンスのメロディにも共感できますし、それが協奏曲として壮大なスケールで楽しめる。『アランフェス』の第2楽章も素敵ですが、それよりもっと涙が出てくるような、心に響くものを感じます」
演奏から聴こえてくる豊かな歌ごころは、彼女の評価を大きく高めている特質だ。
「自分の持っているメロディの解釈、歌ごころは大切にしたいです。いろいろな楽器をちょっとずつかじってきたことが役に立っているかもしれません。私の場合、たまたま選んだ楽器がギターだったというか、音楽を優先して考えているところがあります。さまざまな音をイメージして、それをギターという楽器で表現する。6本の弦でそれをやらなければいけないので大変ですが、そうしないと立体的な音楽を作りにくい。そのイメージがある人ほど、豊かなサウンドになると思います」
現在、音楽を取り巻く環境は困難だが、だからこそ、音楽の力をあらためて確信していると話す。
「ネガティブな意見を目にして心が沈むことも多い毎日。何を信じていいかわからなくなるなかで、私はギターを弾いている時が一番癒されるし、音楽は、生きていくうえで揺るぎなく信じられるものだという思いを強くしています。聴く人にもそれを伝えたい。そんな祈りも込めて音楽に向かっています」
祈り。彼女はクリスチャンだ。つねに好奇心いっぱいで、やりたいことが多すぎて困るのだと笑う。他の楽器とのアンサンブルも大好きで、新たにヴァイオリンの礒絵里子と「デュオ・パッシオーネ」の活動もスタートした。ギタリストは明日を見つめている。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2020年11月号より)
SACD『河野智美/アランフェス』
アールアンフィニ/ミューズエンターテインメント
MECO-1059 ¥3000+税
2020.10/21(水)発売