伝統と未来が融合した東北屈指のホールが山形に誕生
歴史都市の「文化の回廊」の中核
最上57万石、続いて鳥居24万石の城下町として栄えた山形。三重の堀が取り囲んだ奥羽最大の城の址は、旧二ノ丸が霞城公園として市民の憩いの場になり、江戸時代中期の東大手門が木造で忠実に復元されるなど古都山形の歴史と文化の薫りは以前にも増して色濃くなっている。
その霞城公園と同じ、山形駅の西口側に、連綿とした歴史の連なりが感じられる切妻の屋根と格子風の窓をもった山形の“蔵”をイメージさせる建築がお目見えした。昭和37年に開館した山形県県民会館(やまぎんホール)の老朽化に伴い、新たに建設された山形県総合文化芸術館である。
山形駅周辺には桜の名所でもある霞城公園のほかに、大正5年に英国近世復興様式で建てられた山形県旧県庁舎および県会議事堂である山形県郷土館「文翔館」や、806席のコンサートホールの山形テルサもある。その一角に、山形県総合文化芸術館を加えて「文化の回廊」を形成し、文化創造や地域の魅力の発信を重ねていくという。
凛とした佇まい、そして最先端の設備
山形という歴史都市が培った伝統が自然に昇華されたような、総合文化芸術館の凛とした佇まいを眺めると、県の狙いは功を奏するであろうと確信させられる。しかし、今年12月にプレオープンし、2020年3月29日から本格的に始動するこの新しい文化芸術の拠点は、その内部、それも細部に目をやるほど、伝統や文化への心憎いばかりの気配りに唸らされるのだ。
この施設の中核は、2001の客席を備える3層構造の大ホールである。基本的に、舞台を額縁のように区切るプロセニアム形式で造られているが、額縁のなかを可動式の音響反射板で囲み、クラシックをはじめアコースティック音楽で最良の音響を生みだすこともできる。もちろん、オーケストラピットの設営も可能で、考え抜かれた音響と相まって、東北地方屈指の文化芸術施設となることはいうまでもない。大ホールの他にも「スタジオ」を2つ完備し、発表会やミニコンサート、またダンス練習の会場として使用できるのも嬉しいところだ。
細部に宿る郷土の誇り
だが、ドイツの建築家、ミース・ファンデル・ローエがいみじくもいったように、「神は細部に宿る」。そしてこのホールは、その言葉を地で行っている。
たとえば、訪れる人がまず目にする1階ロビーの壁の一部に、釘を一切使わずに精巧に組み上げられた伝統の組子細工「山形組子」が使われ、エントランスには、山形を南北に貫流する最上川の流れをデザイン化した絨毯も使われている。
訪れた人が、これから始まる公演や催しに向けて、心を高ぶらせることができるかどうか。それは、ホールがどう出迎えてくれるかに左右される。だから嬉しい気配りだが、これらの意匠の価値はそれだけにとどまらない。東西の文化の融合がよく叫ばれるが、伝統の根のないところに輸入文化を接ぎ木しても根差さない。その意味でも、心憎いばかりの工夫である。
また、このホールは、奥に足を踏み入れるほど細部が輝くのが特徴だ。大ホールの客席は、木目や素材の色を保ちながら強度とデザイン性に富んだ家具づくりの独自の技術をもつ天童市の木工業者が手がけ、椅子の布地には、県内に伝わる日本三大刺し子の一つ「庄内刺し子」を活かした米沢織が使われている。
また、間口20メートルの舞台にかけられる、幅22メートル、高さ13メートルの緞帳のデザインは、山形市出身の世界的な工業デザイナーで、フェラーリのデザインなども手がけた奥山清行に託された。タイトルは「紅―BENI―」。山形を象徴する紅花と自然をモティーフに、182色の糸を用いて郷土の過去、現在、未来が鮮やかに描かれている。また、それを織物として具現化するために、県下山辺町にある高級絨毯メーカーの、世界に誇る山形緞通のぼかし技術が用いられた。
広く世界の文化や芸術を味わうためには、母国や故郷の伝統や文化を深く理解することが大事で、そういうバックグラウンドがあってこそ、輸入された文化の価値も奥底から理解できる――このヨーロッパの国々でよく耳にする価値観が、山形県総合文化芸術館には細部にまで宿っている。
12月のプレオープンを経て、来春以降ここではクラシック音楽のコンサートに、バレエ、本格的なオペラ上演と、垂涎の催しが目白押しである。これについては次号12月号でご紹介する予定。そうした公演を歴史の伝統に育まれた文化の回廊でつながれた、神が宿るほど細部にまでこだわったホールで観賞できる。山形とはなんと幸福な文化都市であることか。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2019年11月号より)
【Information】
問:山形県総合文化芸術館 開館準備事務所023-664-2220
https://yamagata-bunka.jp/