6人が本当に噛み合ったものを表現したかった
NHK交響楽団のべテラン・ヴァイオリン奏者・齋藤真知亜を中心とする「マティアス・ストリングス」の新譜は弦楽六重奏。シェーンベルクの「浄められた夜」とブラームス「弦楽六重奏曲第1番」のカップリングによる一枚だ。
「六重奏に作品が少ないというのは、やはり四重奏のほうがバランスがよいということでしょう。六重奏のコンサートを聴きに行っても、ヴァイオリンがよく聞こえた経験があまり無いのです(笑)。もともとバランスが取りにくい。だからこそ、単純にヴァイオリンがメロディ、他が伴奏という稚拙な作りではなく、6人が本当に噛み合ったものを表現したかった。僕も若い頃は、室内楽においてもヴァイオリンを鳴らしたい、聴かせたいという気持ちが強かったのですが、最近はそこにはあまり興味が無くなりました。自然の水の音や木々の葉の擦れ合う音は、大きな音でなくても、聞こうとすれば聞こえてくる。逆に言えば、気がつかなければ聞こえない。音というのはそうありたい。そう思うようになりました」
オーケストラが“自分の先生”だと語る。
「室内楽を、勿論ソロもやればやるほど、オーケストラの経験のありがたさを感じます。幅広いレパートリーを弾いているからこそ見えてくる作曲家像や歴史が、体に染み込んでいるので、例えば今回のシェーンベルクの音楽に対しても、ごく自然にマーラーやワーグナー、R.シュトラウスなどを感じることができるのです」
メンバーも全員がN響の仲間たちだ。
「みんな思った以上にうるさかった(笑)。ああでもないこうでもないと、いいコミュニケーション、いい議論ができました。委ねることのできる仲間です。弦楽四重奏の時は、どうしても僕の意思が色濃く出てしまうのですが、今回は僕が黙っている時間がすごく多かった。それが楽しかったですね」
そうした個と全体のバランスの取り方は、室内楽の魅力的な個性となる。
「一言ではその魅力を語ることは難しいですよね。例えばウサイン・ボルトが6人いても、結果、六人七脚で走れないと形にならない。そこはやはりN響だからこそのクオリティとプライドで、バランスよく作ることができたと思います。音色を合わせるって一期一会ですからね。同じ箇所を繰り返し弾いても、絶対に同じ音は出ない。それが面白い。今回、初参加だったチェロの村井将さんが、録音なのにライヴ感があると言っていました。うれしい反応です。それが僕たちマティアス・ストリングスの面白いところかもしれない。ある意味、不安定要素なんですけれども(笑)」
スピーカーからの音楽を、ぜひとも一対一で聴いてほしいという。
「ジョギングしながらではなく(笑)。音楽ってやっぱり贅沢なものですから」
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2019年8月号より)
CD『浄められた夜』
マティアス・ストリングス
【齋藤真知亜 降旗貴雄(以上ヴァイオリン) 坂口弦太郎 松井直之(以上ヴィオラ) 宮坂拡志 村井将(以上チェロ)】
マイスター・ミュージック
MM-4061 ¥3000+税
2019.7/25(木)発売